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2012年3月31日 (土)

漢詩『春暁』を懐かしむ

  春眠 暁を覚えず

  処処に 啼鳥を聞く

  夜来 風雨の声

  花落つること知んぬ多少ぞ

この漢詩は、ご存じ、孟浩然の『春暁』。いつもの解釈は、蛇足になるので、止めておこう。これからの時期にぴったりだ。朝の眠りも心地よいので、いつまでも寝ていたい。また、この時期、学生時代、午後の授業では、昼食のあとで、眠気に誘われ、それを乗り越えるのが大変だったことを思い出す。

ここへ来て、やっと春らしい日差しになってきた。春風が、吹くが、強い風だけれど、どこか優しい。でも、目にほこりが入りそう。全てにおいて、いいことはないようだ。でも、春は嬉しい。今年の冬は、少しきつかった。年明けから、体調を少し崩していた。やっと回復気味。

温かくなったと思ったら、梅の花も、ちらほら散り始めている。あまり気にかけていなかった、ピンクネコヤナギも、花を咲かせて、ちらほら散っている。この花が大好きなスズメバチも集まりかけている。ツバキも開花し始めた。

ただ、朝の鳥の鳴き声は、例年と比べたら少ないかもしれない。木の実も、ほとんど残っている。いつもは、騒がしい鳴き声と共に、実は食い荒らされて、糞を撒き散らされるのだが、今年はそういうこともない。スズメは、時折集団で、やってくるけれど、全国的に、鳥の飛来が少ないのだろうか。

孟浩然の、この漢詩のように、今日の風雨で、梅の花が散り終えるのかもしれないと思いながら、比較的静かな春を迎える。

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