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2012年3月19日 (月)

漢詩『探春』を鑑賞

今朝は、春風を思わせる風だ。確かに少し寒いけれど、間もなく春の到来を感じさせる。家の梅は、まさに蕾が開かんとしている態勢。後は時間の問題という感じ。さて、今回は、詩吟にも詠われる、戴益の『探春』を取り上げてみよう。戴益については、宋代の詩人らしいが、その他のことは、よく分かっていない。この詩は、場所にもよるが、今の時期にぴったりと思う。

  盡(じん)日 春を尋ねて春を見ず

  杖藜(じょうれい)踏破す 幾重の雲

  帰来 試みに梅梢を把って看れば

  春は枝頭に在りて已(すで)に十分

いつものように、蛇足的に解釈すれば、次の様になるかもしれない。

「春を尋ねて、アカザを乾かして、できた杖を使って、朝から晩まで、山々を越えて、あちこち歩いてみたけれど、春らしい兆しは、残念ながら見つからなかった。ところが、家に帰って、ふと、梅の梢を掴んで見ると、何と、枝先には、蕾を膨らまして、春の息吹を十分感じさせるように、まさに咲かんとしているではないか」と。

これは何を言わんとしているのか。まあ、幸せというものは、足元にあるということだろう。人間、あくせくして、幸せを求めるが、案外、身近なところにある。でも、こういうことは、あくせくした結果、わかること。他者から教えられても、人間、経験しないと、なかなかわからないもの。そこに人間の哀しさがある。

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