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2012年4月29日 (日)

人のタイプ

ゴールデンウィークということで、昨日、出かけてみたが、どこも人、人、人。こういうのは苦手だ。働いている人は、折角の休みだから、出かけるのも、仕方ない。流風は、しばらく静かに過ごすとしよう。

さて、今回は人のタイプについて記してみよう。人には、いろんな性格がある。それを血液型で判断する人もいるが、科学的根拠に乏しいとも言われる。でも、どこか、ある種の傾向が感じられないわけでもない。

ただ、別の観点から、人のタイプを区別する方法もある。それは次のようだ。

一、多血質

これは要するに口八丁手八丁。空理空論もものともせず、才気煥発。陽気で、未来を明るく見る楽天家。

二、神経質

これは説明するまでもない。基本的に、将来に悲観的で、物事を懐疑的に見る人達。いいように見れば慎重家。

三、粘液質

粘着質とも言うが、愚鈍で、思い込んだら命がけ。ただ、正しい道を歩むと、大きい成果を上げる。職人的。

四、胆汁質

最近は、あまり例える人はいないが、要するに、厚かましい人たち。いいように言えば、豪胆。思い切りがいい。事業者向き。自分の分析に自信を持ち、思ったことをぐいぐい推進していく。うまくいけば成功し、悪く行くと大失敗する。

これらは、人を観察する時に役立つと思うが、自らの分析にも役立つ。自分の持っているタイプを確認し活かしながら、違ったタイプを取り込んでいくことが、大切だろう。

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2012年4月27日 (金)

求められる地中熱利用住宅の標準化

住宅の省エネは、色々されているが、現在のところ、エネルギー利用機器の省エネにとどまっている。つまり家自体の省エネは、現実、スマートハウスとか言われるものも、多くの通信機器を必要としているので、システムとしては、使用エネルギーをベースにしており、脆弱なものだろう。

もっとシンプルで堅牢で、ローコストな、そもそもエネルギーを使用しない住宅開発が望まれる。そのためには、以前にも、記したように、「地中熱利用住宅」が望まれる。最近は、太陽光発電や太陽熱発電等、家庭で電気を生産するシステムが推進されているが、南北に細長い日本の領土を考えると、汎用性に限界がある(*注)。

それなら、むしろ温度が一定な地中熱を利用することによって、室温を一定に保てるシステムを住宅会社は積極的に取り入れるべきだろう。このことは、北海道のような寒い地域でも可能で、島根大学名誉教授の保母武彦氏が、新聞で紹介されていたが、北海道下川町の地中熱利用住宅では、外気はマイナス26度であるのに、室温はストーブもないのに、20度を維持していたそうである。これはすごいことだ。

地中熱利用住宅は、地下から室内に空気が循環するパイプを埋め込む。季節により、夏は、冷たい空気が屋内に送られ、温かい空気は地中に送られ冷やされる。冬は逆のことが行われる。自然の力を利用した無理のない環境住宅だ。こうすれば、エネルギーの三分の一を利用している家計部門の大幅な削減ができることは間違いない。

中国地方では、一部普及しているが、まだまだ全国的とは言えない。追加費用も、そんなにかからないようだから、施主を説得すれば、普及に時間はかからないだろう。住宅メーカーは大いに検討すべきだ。また家電メーカーも、電気の使用を増やす物ばかり作らずに、来るべき環境社会に適応するものづくりを考えるべきだろう。

*注

但し、地域エネルギーとして、自然エネルギーを各地域の特性に合わせて導入することには意義がある。

*注記

一部、地中熱と地熱を混同されている人がいるが、ここで取り上げているのは地中熱である。根本的に異なる。

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2012年4月25日 (水)

終末期医療法案の行方

母は、終末期医療の延命措置を望まなかった。医療側で勝手に処置した父の延命措置を見て、嫌だと感じたこともあるだろうが、自分の病気と同じ人々の延命された状態を見て、「あれは生きた屍」と思ったようだ。母も、まだ生きたいという欲があったかもしれないが、「ああまでして生きたくない」と言うようになり、最終的には延命措置を拒否した。

ところが、医師の方は延命措置を望んでいたようだ。患者が延命すれば、病院側は安定収入の財源になるのだ。だから、母には、何回も確認していた。だが、母の意思は変わらなかった。そして、よく言っていたのは、「人間、食べられなくなったら終わり」ということだった。

さて、国にも動きがあり、超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」では、終末期の患者が延命措置を望まない場合、延命治療をしない医師の責任免除を柱とする法案「(仮称)終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」をまとめたようだ。概要は次の通りだ。

一、終末期の定義を次のように定めている。

患者が傷病について行いうる、すべての適切な治療を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ死期が間近であると判定された状態。

二、終末期の判定

知識と経験のある2人以上の医師の判断が一致した場合としている。

三、延命措置の内容

生存期間の延長を目的とする医療上の措置、すなわち、人工呼吸器の装着や、胃瘻(いろう。胃にチューブを入れ、栄養剤等を流し込む)などとしている。

四、患者本人の意思を尊重

「15歳以上で、延命措置の開始を希望しないことを書面で示した患者に対し、医師が新たな延命措置を開始しないことができる」と、定義している。ただし、「すでに講じている延命措置は中断できない」としている。あくまで、本人の意思としている。この辺は、難しい。家族の判断は入らない。とすれば、本人が意思決定できない状態になった場合、どうするのか、という問題は残る。家族の負担は残る。

五、延命措置の不開始の免責

延命措置の不開始については、民事、刑事、行政上の責任を問わない。

人々の生への執着は様々であろうが、医療現場で、判断に迷う医師たちにとっては、法律が通れば、負担軽減になるだろう。それは患者の家族にとってもだ。早く法案を通してもらいたいものだ。

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2012年4月24日 (火)

金投資は有効か

時々、金投資について、尋ねられる。しかし、流風は投資の専門家ではない。あまり変なことを回答すれば、誤解を招く恐れもある。以下に記すことは、あくまで個人的意見ということを念頭に置いて読んでいただきたい。

さて、金相場が高値で、安定している。現在、一グラム4400円程度している。投資しようかと思案している人もいるかもしれない。だが、よく考える必要がある。確かに、中国やインドの人は、一時、異常なほど購買し、一方、日本人は売却していた。どちらが正しい判断であったのか。

一部の人は、金本位制に復帰するから、金は価値を持ち、もっと値上がりすると説く。果たして、そうだろうか。そもそも金の産出量は限られている。そういうものを貨幣の裏付けにすることは、そもそも無理がある。

不換紙幣は、確かに紙切れで、過度に依存することはリスクが大きいと言うかもしれないが、世界は、それで回っている。誰も、それを止めることはできない。確かに、行き過ぎた紙幣の発行は、インフレを生むが、行きすぎたものは、いずれ修正される。不換紙幣を単なる媒体と考えれば、今更、金本位制を唱える人のセンスが疑われる。

さて、本題に戻り、金を投資の材料として、どの程度、評価すべきなのだろうか。以前のブログに、若い人も、定額投資は有効と記したが、現在は、金はバブル状況に在り、定額投資でも、勧められない。しばらく、価格が落ち着くまで待つべきだろう。

今後の動向は、確かに、まだ値上がりする可能性はないとはいえないけれど、それはがけっぷちの頂点を目指すようなものだろう。投資は、しばらく静観した方が賢明だ。頂点に到達すると、転げるように急落するだろう。

そもそも、一般人が金で大きく儲けることは、一生の内、うまく行って3回と言われる(20歳からだと、2回)。所謂、サイクルがある。すなわち、サイクルを意識して投資すると、そうなる。そのサイクルは30年と言われる。だとしたら、金で儲けるには限界があるということだろう。あまり金投資に期待してはいけない。特に、高齢者は、金を投資の対象から外すべきだろう。

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2012年4月23日 (月)

若い時の読書

最近、子供たちが、本が読まれなくなったと、よく言われる。確かに、子供たちは、ゲームに興じ、読書時間は削られている。ただ、子供たちも、家庭によっては、最近、本をよく読む様だ。やはり家庭の環境・雰囲気がそうさせるのだろう。

ところで、歳が行ってくると、読書をしても、なかなか、はかどらないことも多い。若い時に、もっと広く読んでおけば、よかったなあ、と時々思う。軽い随筆や新書版等は一気に読めても、精読の必要な書籍については、何回も読み直したりすることがある。

その程度は、まだましな方と思うが、目が疲れやすくなったためか、休み休み読むこともある。肉体的劣化はやむを得ない。結果的に、若い時と読書スピードは残念ながら落ちていると思う。いろんなことに関心があるのは、まだいいのだが、結果的に、積読が増すばかり(苦笑)。

貝原益軒は同様に指摘する。歳を重ねると、読書に不利と。

第一に、仕事を持っており、人との付き合いもあり、家事も含めて、やることが多いので、読書に割く時間が取れない。

第二に、歳を重ねると、気力が減じて、多読するのはなかなか難しくなる。

第三に、年々、記憶力が落ちてきて、若い時より、理解するのに時間がかかる。

続けて、彼は、若い時の読書は、三つのメリットがあると指摘している。

第一に、いろんな方面に気力が強いので、関心事が多いから、多読を厭わない。

第二に、時間があるので、妨げが少なく、読書する時間を割ける。

第三に、若いと気が盛んなので、内容を覚えて記憶することも可能だ、と。

あ~あ、流風には、今更どうしようもない。まあ、現代は、若い皆さん方も、読書の時間を削ぐ誘惑も多いから、読書も強い意志を持たないと、大変かもしれない。でも、若い皆さん方には、流風のような後悔をしないようにと願う。

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2012年4月22日 (日)

田捨女のこと

盤珪禅師について記した時、少し触れたが、田捨女について、備忘録として、もう少し記しておこう。彼女が6歳の時に俳句「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」が示すように、子供の頃から才気煥発だったことは確かだろう。

彼女は、寛永11年(1634)、丹波柏原生まれだ。父親は代官で、恵まれた家だったということになる。ただ、小さい頃に、母を失い、父には後妻がやってくる。その辺は複雑だ。人間形成に微妙な影を落としたことであろう。

後妻には、男の子の連れ子があった。名を季成(すえなり)と言う。捨女には実弟の季聴(すえあき)がいたので、ややこしくなる。誰が田家を継ぐかという問題がある。結果的に、季聴は家を出る決心をして、去ってしまう。そこには、後妻の思惑が強く働いたのだろう。

つまり、長女である捨女と連れ子の季成を結婚させてしまうのだ。捨女の心は、いかようであっただろうか。実弟、季聴を犠牲にして、家を継ぐ。微妙な葛藤があったかもしれない。ところが、その後、夫婦仲はよかったという。二人とも、俳句の道を楽しんでいる。季成も、引け目があるから、田捨女に、よくしたのかもしれない。5男1女を儲けている。

ただ、その幸せも続かず、40歳を過ぎた頃に、継母、夫と立て続けに失い、空しさを感じるようになる。そして、子供が大きくなったことを見届けて、50才前に出家してしまう。ただ、自分が思うような師はなかなか見つからない。

ところが、ある時、たまたま、京で、盤珪禅師が、不生禅を説くのを聴いて、これだと瞬間的に判断する。難しいことを優しく説く盤珪禅師の人間性に感心したのかもしれない。後は、いわゆる、追っかけで、播州に行き、龍門寺近くに居(庵)を構え、盤珪禅師の説法を、ことごとく聴く。ここら辺は、宗教に、はまりやすい女性らしい。

ただ、その点は、盤珪禅師も感心して、田捨女を弟子として認め、彼女の庵に、「不徹」と名付け、後、不徹庵から尼寺(不徹寺)になる。彼女は尼になって、貞閑尼と名を改める。彼女も多くの弟子を導いた。元禄11年(1698)に亡くなっている。

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2012年4月21日 (土)

盤珪禅師のこと

全国的には、盤珪禅師(1622~1697)は、一般人には、あまり知られていないかもしれない。彼は播州の生まれ(現在の姫路市網干区浜田)で、臨済宗の名僧だ。彼は、後に、京都、妙心寺の住職になっている。医者の三男に生まれたが、子供の頃に、父を亡くし、母親と兄に苦労して育てられている。

その後、書籍『大学』で、「明徳」という言葉に触れ、周囲に色々問うが、まともな回答がないため、禅門をたたく。17歳で出家する。優れた人は、一つの言葉で啓発される。だが、その悟りの修業は困難を極めたようで、生死を彷徨う思いをして、やっと一つの結論に達する。

彼は、そのことを通じて、難しい禅を、誰にも分りやすく、日常の言葉を通じて、説いて信者を得たと言われる。彼は「不生禅」を説いた。不生禅とは、人間は生まれた時から、生を超えた仏心を元々所有していて、改めて悟る必要はないと説き、迷いは仏心に自然でないところから生ずると説く。そういうことは、母から子供時代、教えられた記憶がある。母も、禅師の影響を受けていたのであろうか。

彼は、また面白いことを言っている。彼が説く不生禅を早く理解する者は、学のない者で、博学多聞の人は、却って、理解に苦しむようだと。人間確かに、知識という飾りを纏うと、真実が見えにくくなる。

それは心が素直になれないということにつながるのかもしれない。あれこれと練りくりまわして、結局、真実が見えなくなる。何もなければ、迷うことなく、人は元々仏心を持っていると本能で悟るのだろう。

さて、先日、盤珪禅師が、どういうところで、説法したのか知りたくなって、急に思い立ち(笑。流風には、よくあることですが)、彼が建てた龍門寺(りょうもんじ)に行ってきた。これはかつて龍野藩主であった京極家が、丸亀藩に移封後も、興浜や浜田は、そのまま京極家の領地であったため、盤珪禅師に敬慕していた京極高豊と、網干(あぼし)の豪商、佐々木家(灘屋)の援助により、寛文元年(1661年)に再興したもの。20あまりの堂が並ぶ。

非常に大きな敷地に在る寺院であったが、一般公開は予約制であったので、当日は拝観できなかった。当日は外観を見て、雰囲気だけ味わった。ただ、お寺全体は、古ぼけて、やや傷みがあり、一部修築中のようだ。海に近いから、傷みやすいのかもしれない。

盤珪は、晩年、ここで、三か月にも及ぶ説法をしたらしい。詰めかけた信者は数万人。いかに多くの人々に敬愛されていたかが分る。『盤珪禅師語録』(岩波文庫刊)に、彼の説法のほとんどが収められている。

彼は繰り返し繰り返し、飽きもせず、同じことを繰り返して、説法している。問う者が違えば、改めて異なる言葉で、分りやすく説明している。根気強いなあと思う。リーダーは、そうあるべきなのだろう。

彼は基本的に、この世の中は、あるようにあると考えていたようだ。それは人もだ。それは極限まで達して得られた悟りであった。彼は、皆には、そんな苦労をせず、楽に人生の奥義に達してほしいと、分りやすい言葉で語りかけたのだった。

彼は信者に座禅を強いることはなかった。また難しい公案も用いなかった。そして、彼には亡くなる時の、遺偈もない。あくまでも、不生禅を貫いた。彼は、禅の世界では、異端であったかもしれないが、庶民にとって、最も近い禅僧であったことは間違いない。

*参考 龍門寺

   http://www.ryomonji.jp/

山陽電車、飾磨駅にて乗り替え、山陽網干行きに乗り、終点下車。揖保川に架かっている網干大橋を渡り、しばらく行くと変電所がある交差点があるので、そこを左に曲がって、少し行くと、交通案内の看板がある。川沿いにある。毎年3月末から4月にかけて、大茶会が開かれるそうだ。

近くに、不徹寺(ふてつじ)がある。ここは田捨女貞閑尼が元禄元年(1688年)開いた寺で、彼女は元々、丹波柏原生まれの元禄の女流俳人、田捨女(でんすてじょ)。彼女が6歳の時に俳句「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」が有名。盤珪禅師の徳を慕って、網干に来て、多くの弟子を導いたと伝えられる。

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2012年4月20日 (金)

消費税増税とローコスト生活が可能になった日本

消費税増税問題が、政界では、ずっと問題になっている。そして、学者の方からは、その逆進性がよく指摘される。確かに、この税には、そういう面がある。消費税を上げるには、低所得者に配慮が必要との議論もある。

政府からは、消費税を上げる時、8%にした時には、簡単な給付を行い、10%にした時には、共通番号制度導入後、給付付き税額控除をするという案も出されている。

ただ、昔と比べれば、日本の生活コストは急速に下がっている。もちろん、平均所得も下がっているわけだが、それでも、高度成長する前の日本よりは恵まれているだろう。低所得者は、所得が低い分、消費税負担は概して小さい。

皮肉なことに、生活のローコスト化は、バブル崩壊と、前回の消費税アップによって流通革新が促進された面がある。更に国際化と電子化ネットワークの普及も大きく寄与している。すなわち、消費税を上げることにより、流通改革を促し、電子化と国際化が、生活のローコスト化を加速したと言える。

結果的に、消費者は、それ以前より安く物を入手できるようになった。それは流通カットであり、電子取引に直取引によるものであろう。国際化としては、百円ショップで、輸入品の安価なものも、小ロットで購入できるようになった。

更に開発輸入されて、国産品より安いものもたくさんある。同様に、開発輸入する、ホームセンター、衣料品会社、家具会社も出てきている。その流れは大手スーパーも受け継いでおり、そこそこの品質の物を以前より適正価格で入手できる。

よって、低所得者にとって、心配なことは、生鮮食料品、消耗品の価格が上がることであろう。それは彼らがエンゲル係数が高いことからも明らかだ。後は、経営努力の不足から、世界一高いと言われる電気代とガス代等光熱費が、もっと高くならないかということだろう(*注)。

どのような生活水準を求めるかという問題を除外すれば、日本は比較的ローコストで生活できるようになったのは明らかだ。

そう考えれば、消費税増税のための一時金とか、給付付き税額控除もいいが、インフレ政策で、過度なインフレにならないようにすることが、低所得者対策になるであろう。国は、経済界の要望とは逆の、二律背反(トレードオフ)の難しい舵取りを迫られていると言える。

*注

次の消費税増税以降は、エネルギーコストにメスが入るのは自然の成り行き。電力会社、ガス会社には、脱原発と省エネルギーがらみで、大胆な改革が求められる。今までの殿様経営は通用しなくなる。

後は、農産品、漁業品の流通改革が、次の消費税アップに伴い迫られることになるだろう。それは農業や漁業の集約化が求められ、規模の拡大化につながっていくだろう。

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2012年4月18日 (水)

学生は早く実業の社会へ

世の中、いくら学歴があっても、事業で成功するとは限らない。教育を学校だけのものと考えるのは大きな間違い。人間は、一生勉強だとは、よく両親が言っていたが、そうだろう。ある先輩も、「学歴は恥ずかしいぐらいだが、私は社会大学で学び続けている」と仰っていたが、そのような人の方が、人間として味わい深いものだ。

ところが、企業社会人になると、仕事を覚えることに一生懸命になるが、人間としての修業を怠るようになりがちだ。特に日本の企業社会は、そのようだ。受験テクニックが横行する中で、未だに学歴を重んじる企業は、危なくて見ておれない。最早、日本では、大学を出たからとて、能力があるとは限らない。

基本的に社会経験が不足していて、彼らに期待することも間違っているのだから、3年間は、もっと低い所得でいいと思う。ところが、新入社員はそうは思っていないかもしれないが、初任給は、立派な額だ。それなら、それなりの仕事をしてくれるかと言うと、決してそうではないだろう。

学校教育も大切なことは大切だが、今は間延びしすぎて、学生は教育の意義・本質を忘れていることも多い。小学校は6年でいいとして、中学は2年、高校も2年でいいだろう。高校は職業学校にして、3年でもいい。その上で、本当に優れた能力の持ち主だけが大学に進学すればいい。

日本は、これから否応なくサービス社会に進展していくが、そこに大学教育はあまり必要ない。サービス社会は、いかに世間に揉まれるが、成長のカギだ。基本的には、現場での修練による技術のアップということになるので、いかに実業の社会に早く入れていくかが大切なポイントになる。

*追記

もちろん、実業の世界に入ってから、深く学びたいから、大学に入り直すという選択はあると思う。

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2012年4月17日 (火)

『鶴林寺太子堂~聖徳太子と御法(みのり)のみほとけ』展を鑑賞

兵庫県立歴史博物館で開催されている『鶴林寺太子堂~聖徳太子と御法(みのり)のみほとけ』展を鑑賞してきた。加古川にある鶴林寺には、以前訪れ、このブログにも記したが、今回は、この寺の寺宝を太子堂の寺宝を中心に展示してあった。

流風は聖徳太子については強い関心がある。十七条の憲法については、以前解釈したものを記したが、彼の考え方は、日本人のペースになっていると思う。太子の法華経信仰はどのように形成され、その後、太子信仰はどのように発展してきたのかを今回の展覧会では、紹介している。

鶴林寺は、「西の法隆寺」と呼ばれ、地元では、「刀田の太子さん」として、親しまれて、聖徳太子信仰と、数多くの文化財を持っていることで知られている。この寺は天台宗の寺で、その中で、本堂の東南に建っている国宝の太子堂は、兵庫県では、最古の寺院建築と言われる。天永3年(1112年)に建立された。よって、今年は創建900年にあたる。

展覧会は、当時の法華経信仰の背景、鎌倉時代以降、なぜ太子信仰が発展したかを読み解くもの。主な出展品は、以前、鶴林寺に行った時に、見逃した(見ているかもしれないが意識しなかった)「聖観音立像(俗に、あいたた観音)」、「聖徳太子像」、「聖徳太子絵伝」、「聖徳太子勝鬘経講讃図」、「慈恵大師像」、「聖徳太子坐像および二王子立像」、「行道面」、「妙音弁才天像」、「如意輪観音半跏思惟像」、「天蓋」、「鶴林寺扁額」などがある。

その他に、太子堂の本来見えない壁画を赤外線で、露わにして展示してある。これらはいずれ復元されるのだろう。できれば、復元されたものを早く観たいと思う。ただ、流風としては、鶴林寺訪問時、見落とした「聖観音立像(俗に、あいたた観音)」を拝めただけで十分である。

*追記

いつも思うのだが、展示されるものは、絵に関しては、復元画でいいと思う。また小さい絵は、大きく引き伸ばして展示してほしい。博物館等では、なかなか細部まで見ることは難しいから。

つまり一般観覧者にとっては、いろんな説明・解説を読むより、当時の人々が何を描こうとしたのかが、一瞬で分るものであることが有難い。現物そのものを展示する意味もあるとは思うが、一般観覧者からは何が描かれているのか、はっきりわからなければ、あまり意味はない。

*参考

  『鶴林寺太子堂~聖徳太子と御法(みのり)のみほとけ』展

   期間:平成24年4月14日から6月3日まで。

   場所:兵庫県立歴史博物館

       JR姫路駅または山陽電車姫路駅より神姫バス。

       姫路医療センター経由系統に乗り、

       「姫山公園北・博物館前」下車すぐ。約8分。

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2012年4月14日 (土)

春の交通安全週間と自転車の運行ルール

今年平成24年は、4月6日から1明日の15日までが交通安全週間だそうである。パンフレットをもらったところ、そこには自転車のルール違反について記されていた。やってはいけないことは、大体知っているけれど、罰則の程度は十分に知らなかった。そこで備忘録的に記しておこう。

一、車道を右側通行した場合

   3月以下の懲役または5万円以下の罰金

     (道路交通法第17条第4項)

二、一時不停止

   3月以下の懲役または5万円以下の罰金

     (道路交通法第43条前段)

三、ブレーキの整備不良

   5万円以下の罰金(過失も同じ)

          (道路交通法第63条の9第1項)

四、左折・右折方法の誤り

   2万円以下の罰金または科料

    (道路交通法第34条第1項・同3項)

五、歩道通行

   3万円以下の懲役または5万円以下の罰金

    (道路交通法第17条第1項)

六、歩行者と安全間隔の不保持

   3万円以下の懲役または5万円以下の罰金

    (道路交通法第18条第2項)

七、急な進路変更

   5万円以下の罰金

    (道路交通法第26条の2第2項)

八、自転車横断帯を通行しない

    (警察官の指示に従わなかった者)

      2万円以下の罰金または科料

    (道路交通法第63条の6・第63条の7第1項・第63条の8)

九、進入禁止交差点への進入

    (警察官等の指示に従わなかった者)

       2万円以下の罰金または科料

         (道路交通法第63条の7第2項・第63条の8)

十、二人乗り

    2万円以下の罰金または科料

     (道路交通法第57条第2項)

十一、歩行者妨害

    2万円以下の罰金または科料

     (道路交通法第63条の4第2項)

十二、無灯火運転

    5万円以下の罰金

     (道路交通法第52条第1項)

十三、信号無視

    3月以下の懲役または5万円以下の罰金

    (過失は10万円以下の罰金)

     (道路交通法第7条)

十四、傘さし運転や携帯電話の使用

    5万円以下の罰金

     (道路交通法第71条第6項)

十五、飲酒運転

    5年以下の懲役または100万円以下の罰金

    (道路交通法第65条第1項)

罰則規定は、一応、上記のようだが、どれくらい取り締まられているのだろうか。親も子供も、自転車で右側通行を堂々とやっている。当方は左側通行していて、ぶつかりそうになる。罰則規程にはないようだが、昨日は、爺さんが煙草を吸いながら、片手運転していた。傍を通るのも憚られる。携帯しながらや傘をさしながらのおばさんや若者の危なっかしい片手運転もよく見かける。

現実に全てを取り締まるのは不可能かもしれないが定期的に、車同様に取り締まってほしいものだ。今は、野放し同然だ。罰金を払わされるとなると、その行動も慎重になるだろう。罰則を通じて、ルールを徹底させることが、まず求められる。

*追記

但し、上記の法律でも、道路事情の現状から、法律をそのまま適用することは難しいものもあるのが事実である。

 

 

 

 

 

 

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2012年4月13日 (金)

選挙制度改革について

歳出削減に関連して、衆議院の議員定数を減らすことと選挙制度改革について述べられることが多いが、どのような形態が望ましいのだろうか。少し考えてみた。

まず、衆議院の定数を480席から300席に減らすことは賛成だ。そうすれば、議員歳費は、現状のまま認めてもいい。減らした後は、議員歳費は、総額定額方式にすればいい。問題は、歳費以外の経費がかかり過ぎていることの方が問題だろう。

しかしながら、それより大きい課題は、選挙改革制度だ。現在、衆議院は、小選挙区制度と比例代表がある。ところが、小選挙区で落ちた議員が、比例で復活という、国民感情からすればありえないことが起こっている。彼らが議員面することには、全く腹が立つ。選ばれていいないのに、なぜ議員資格を得られるのか。衆議院に比例代表は不要だろう。全て小選挙区で選べばいい。その方が民意が反映される。

また参議院は、不要論が出るが、それは衆議院で決していることを参議院で、改めて決済する必要があるとかということであろう。参議院は、衆議院で議論される前に、良識ある見識や政策をまず、戦わせて、衆議院に意見を呈するのが、その存在意義の本質だろう。

よって議論のプロセスを逆転させる必要がある。参議院で政策を煮詰めて、衆議院に投げかける。最終決済は衆議院でやれば、改めて参議院に回さない、そのような仕組みが必要だ。それは憲法改正までしなくても、運用で可能であろう。それには各政党の良識が求められるが。

ところが、現在は、衆議院議員も参議院議員も、その役割に差がないことが問題だ。これからは、参議院議員になるには、衆議院議員より、それなりの学識と見識が求められる。選挙に立候補するにしても、その資格は制限されるべきだろう。衆議院議員と似たような資質の議員では、その存在価値は薄い。そのため、自ら改革すべきだ。

そして、参議院の選挙制度は、全員、比例代表でいいだろう。選挙費用は、その方が安くつく。また、自由な議論を活性化させるため、各党、党議拘束をなくせばいい。議員歳費は、衆議院の半額か、あるいは兼職を許可し、ボランティア的扱いでいいのではないか。基本的に、名誉職として扱えばいいと思う。

*追記

なお、少数政党へ配慮した連用制は、民主党としては妥協の産物かもしれないが、国政を混乱させる素になりかねない。民主党政権で明らかなように、少数政党との連立は、政策を捻じ曲げる。支持した政党の公約とは、違った方向に政策が誘導され、本来の民主主義の原則が破られ、国民にとっても、決して望ましくない。

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2012年4月11日 (水)

ええかっこしいの醜態

関西の、ええかっこしいというと、東京で言えば、見栄っ張りということになるのだろう。店でも、そうだが、派手にやっているところが、内情は火の車ということが多いものである。それは個人でもそうで、ブランド品を買いあさり、外車を乗りつけていた人が、いつの間にか、いなくなったというのはよく聞く話である。

豪傑も、その一種だろうし、政治家で大言壮語する人たちも、そうだろう。彼らは、一時的には、もてはやされるけれど、いつの間にか見放されて、消えていくことはよくある。結局、彼らの放った悪臭のみ残る。庶民の人物の見極めは、案外、厳しいものなのだ。特に地位ある人々には、発言を慎重にしてほしいものだ。

*追記

逆に言えば、これらの人々は可愛い人たちだ。裏で、姑息に動いて悪事を働くよりはいいかもしれない。政治家にも、寝業師と言われる人々は、陰で、こそこそ動いている。往々にして、彼らは批判の的になりにくい。

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2012年4月10日 (火)

万葉集に見る桃の花

桃の花の咲く時期は微妙だ。一般に、梅の花の散った後で、桜の花が咲く直前と言われる。ところが、我が家の花桃の花は、桜の花が咲く時期と同じに一輪開いただけ。後は、まだ咲いていない。もう一つの源平桃に至っては、蕾を大きくはしているが、咲くのは、まだ少し後のようだ。桃の節句は、かなり前に終わったのに。この曖昧な開花時期には多少困ったものだ。

さて、万葉集にも、桃を題材にして歌が詠まれている。但し、桃というのは、李(スモモ)だ。詠んだのは大伴家持。

  春の園 紅にほふ 桃の花

     下照る道に 出で立つ娘子(おとめ)

                   (四一三九番)

「春の園に相応しく、夕方、太陽に照らされて、紅く匂うように一面に桃の花が咲いている。その桃の木の夕映えの道に佇む乙女よ」、という感じかな。

もう一首も同じく、家持の歌。

     我が園の 李の花か 庭に散る

     はだれのいまだ 残りてあるかも

                                          (四一四〇番)

「我が園の李の花が庭に散っている。その結果、あたかも、うっすらと降り積もった雪が残っているかのようだ」、という感じ。

残念ながら、桃の花がそのようになったのは経験したことがないし、今年も無理の様である。そのような感じ取れるのは、やはり桜の花かな。そして、今の関心は、花桃は、一輪だけで終わるのか。今年植えた源平桃は、どのような花を咲かせるのだろうか、ということ。まあ、流風には、咲いても、家持のような歌は詠えないけれど。

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2012年4月 9日 (月)

万葉集の桜 その二

昨日の日曜日は、少し寒かったけれど、日差しもあり、日中は暖かった。皆さんは、花見に出かけられたのであろうか。本日も、『万葉集』で、その他に、桜を題材に古代の人々が桜花をどのように受け止めたのか、いくつか挙げておこう。

    桜花 時は過ぎねど 見る人の

       恋ふる盛りと 今は散るらむ

             (一八五五番)

惜しまれつつ散っていく桜花を詠んだもの。花の盛りに散っていく桜花を女性に重ねているとも言える。でも、桜ほど、その散ることを惜しまれる花はないかもしれない。

     見わたせば 春日の野辺の 霞立ち

    咲きにほへるは 桜花かも

             (一八七二番)

霞の中に咲く花を桜の花と推定している風。花か霞かという感じ。桜の花の儚さを詠っている。

     桜花 咲きかも散ると 見るまでは

    誰れかもここに 見えて散り行く

            (三一二九番)

桜の花が散っていく様子と、花を求めて集まった人々が、まもなく散り散りになっていく様子を重ねている。

   桜花 今ぞ盛りと 人は言へど

      我れは寂しも 君としあらねば

            (四〇七四番)

桜の花は盛りだけれど、あなたと一緒でないのが寂しいという気持ちを詠んでいる。

こうしてみると、これらの万葉の桜の花は、春の花なのに、その詠われる歌は、どこか寂しい。桜の花が咲いても、すぐに散ってしまうことを、人生の無常感と重ねて、万葉人は感じていたかもしれない。

 

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2012年4月 8日 (日)

万葉集の桜 その一

近所の桜は、咲いているところもあるし、まだ十分に咲いていないところもある。桜の種類が異なることもあるのだろう。ただ、ざっと見た感じでは、どこも、まもなく満開になるだろう。花冷えとはよく言うけれど、寒くて、とても花見など、できない感じだが、今日の日曜日は温かくなるようだから、皆さん、出かけるのだろう。

さて、万葉の時代は、桜をどのように、とらえていたのだろうか。ただ、万葉集が編纂された頃は、まだ梅の花が主流で、桜の花は、傍流であろう。もちろん、万葉集にも桜を題材にしたものもあることはある。少し、取り上げてみよう。

例えば、次の歌。高橋虫麻呂の作と言われるもので、諸卿大夫等が難波に下る時に、詠まれたものらしい。

  白雲の 竜田の山の 滝の上の 小ぐらの嶺に

  咲きををる 桜の花は 山高み 風しやまねば

  春雨の 継ぎてし降れば ほつ枝は

  散りに過ぎにけり 下枝に 残れる 花は

  しましくは 散りなまがひそ 草枕

  旅行く君が 帰り来るまで      (一七四七番)

反歌として、

  我が行きは 七日は過ぎじ 竜田彦

   ゆめこの花を 風にな散らし

                         (一七四八番)

解釈は不要であろう。要するに、旅に出る人に、「このような風が強いと、折角の桜花も散ってしまう。帰って来られるまで、咲いていて欲しいなあ」、と詠うと、反歌で、「そんな大げさなことを言いなさんな、旅と言っても、七日経てば帰って来れる。それでも、竜田彦様、どうぞ、花を散らさないで」と詠っている。やはり、昔の人も、桜の花は好んだようだ。

今日は、少し温かく感じれば、花見の様子を見て回ろうかな。近所の公園もまもなく満開になるだろうから、流風には、あまり関係ないが、次の日曜日までもつ保証はない。そういう意味では、桜のないところに一週間、旅に出る人にとっては、この歌と同じ心境かも。

来週の日曜日まで咲いているだろうか。最近は、咲く期間を長引かせる技術もあるそうだが、余計なことをするものだ。散るか散らないか、はらはらさせるから、この花の価値がある。そんなものは自然に任せておけばいい。

*追記

念の為に記すと、『万葉集』に出てくる桜はヤマザクラで、決してソメイヨシノではない。よって、現代人が受ける印象は異なるかもしれない。ただ、散りゆく花に感傷的になった古代の人々と感性は似ているだろう。

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2012年4月 6日 (金)

我が家の電気代

電力会社が夏には電力が足りないと大騒ぎするけれど、本当にそうなのか、疑問が多い。冬を乗り切ったのに、夏には、そんなに電気を消費しないはずだ。我が家の電気代を確認してみたが、やはりそうだった。

今冬(昨年12月から今年の3月まで)と昨冬の電気代を比較すると、約2割減っている。確かに、減った分はガスに振り替えた格好になっているが、光熱費トータルでも、今冬、こんなに寒かったのに、若干減っている。

また夏はというと、2010年の夏と2011年の夏を比較すると、約25%減っている。昨冬の電気代と2011年の夏の電気代を比較すると、夏期は、冬期の約45%だ。今年の夏が仮に2010年の猛暑になって、一昨年の夏のデータ(一昨年は昨年に比べて30%程度多かった)を参考にしても、今冬期の最大70%程度以内には収まると思う(最小は多く見て55%程度)。

もちろん、我が家だけのデータだけでは心もとない。もう一度、多くの家庭や事業所は、夏の電気使用量の推移をそれぞれ確かめてみることは無駄ではないかもしれない。だが、今夏に本当に電気が不足するのか、疑問を持たざるを得ない。電力会社は、経営を原子力発電に依存しすぎて、経営努力が足りないのだろう。

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2012年4月 3日 (火)

怪しい米国産牛肉

米国では、ひき肉(ピンクスライム肉)の安全性が疑われて、ひき肉の消費が止まっている。ついには米国の食肉加工会社が破綻している。日本では、どうだろうか。同じように、品質や安全性に問題があるのではないか。やはり、前々から言われていたように、ひき肉を使ったハンバーグやハンバーガーなど食さない方がいいということだ。

また、米国産牛肉のラクトパミンが台湾で問題になっているのに、日本では、米国産の牛肉に、こだわる某牛丼店は、未だ利用している。日本の基準が甘いのだとしたら、大変問題だ。大体、ファストフード店は、食材が安ければなんでもいいという方向に流れやすい(この牛丼店は、独特の肉質が牛丼に合うとしている)が、もう一度、原点に戻って、消費者の健康に配慮して、食材を選び直すべきだろう。それが飲食サービスの良識だろう。価格は、二次的問題だ。いくら安くても、将来、消費者が健康を損なえば、元も子もない。

*平成24年4月25日追記

米国で、乳牛にBSE発症。他への伝染はないとするが、しばらく様子を見ないといけないだろう。政府は、米国産牛の輸入制限を緩和することを検討していたが、慎重になるべきだろう。

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2012年4月 2日 (月)

ある乞食坊主の金銭哲学

乞食とルンペンは、正確には異なる。乞食は、人に物をねだるのに対して、ルンペンは、そういうことをしない。流風が子供の頃、いわゆる乞食やルンペンがあちこちにいた。

今も時々見かけるが、子供の頃、ルンペンは、ボロボロになった、ずた袋をまとい、異様な臭いを発しながら、歩きまわる人もいたし、乞食は、街の通路に座って、前に壊れた茶碗一つを置いて、「右や左の旦那様、どうかお恵みを、、、」とやるのである。

そうすると、人は五円、十円と入れていく。中には、札もあったようだ。母も、時々入れていたようだが、ある時、話をすること(母は、何でも興味を持ち、誰とでも分け隔てなく話す性格だったので)があって、「一日、どれくらいの収入があるん」と尋ねたところ、割と多いので、びっくりしたと言っていた。

五十年以上前の記憶は曖昧で、金額ははっきりと覚えていないし、聞き間違いかもしれないが、当時、一日五百円ぐらいと言っていたような記憶がある。「乞食は一日やったら、止められない、というのは本当や」とも母は言っていた。当時の物価からしたら、そうなのかもしれない。

戦前の話のようだが、福沢桃介も、ある銀行の支店で、大口預金者を招待したら、その大口預金者のトップが乞食坊主だったので、出席者が、皆、びっくりしたと記している。一応、普通の乞食とは異なり、乞食坊主なので、お経は詠むので、一日の上がりも多かったのだろう。今でも、怪しい坊さんが駅構内に立って、乞食のようなことをやっているのを見かけるが、今はどうなのだろうか。

桃介は、その後で詳しく記しているのだが、その坊主は、使うこともなく、ただただ金を貯め込んでいたようで、それを不思議に思った人が尋ねると、「金がもらえる一瞬が嬉しいのであって、後のお金は、残りかすにに過ぎない」とし、「どうでもいい金なのだ」と語ったという。

これには、さすがの桃介も、乞食坊主の金銭哲学には感心したようだ。人、それぞれの金銭哲学があってもいいと思う。他者に迷惑をかけなければ、そこに第三者の意見の入る余地はない。ただ、お金は使うためにある。持ってあの世には行けないのだから、金持ちの方はできるだけ使ってもらって、現世の経済を刺激してほしいものだ。

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2012年4月 1日 (日)

散ってしまった梅の花と漢詩『夜坐』

やはり昨日の強い雨風で、ついに梅の花が散ってしまった。今年は咲くのが遅く、桜の咲く時期になって、開花して、そして、散って行った。なんとせわしないことよ。あの花の散り方は、桜と似ているような感じもする。散る時は、皆、同じなのかもしれない。それは人間も同じかも。

さて、漢詩にも、そういう梅の花が散ることを題材にしたものがある。それは鄭有極によるもので、『夜坐』というもの。以前、同じ題で、藤田東湖のものを取り上げた(2010.10.21付)が、詩の内容の雰囲気は異なる。なお、鄭有極は、南宋の詩人、鄭会のこと。有極は字(あざな)である。朱熹に学んだという。

  江梅 雪を欺きて 樹槎牙たり

  梅片は飄零し雪片は斜めなり

  夜半 風と和して窓紙に到る

  知らず 是れ雪 是れ梅花

いつものように解釈を楽しむと次のようになるだろうか。

「枝が筏(いかだ)のように入り組んでいる野梅の花が、まるで雪が降るかのような真似をして、花は散り続き、雪のように斜めに降り注いでいる。夜中に、風と一緒に窓辺にやってきたが、それが雪なのか、果たして、梅の花かは分らない」と。

流風の家の梅は一本しかないので、とても、このような情景は感じ取れない。でも、散りゆく感懐だけは同じだ。

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