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2012年4月 8日 (日)

万葉集の桜 その一

近所の桜は、咲いているところもあるし、まだ十分に咲いていないところもある。桜の種類が異なることもあるのだろう。ただ、ざっと見た感じでは、どこも、まもなく満開になるだろう。花冷えとはよく言うけれど、寒くて、とても花見など、できない感じだが、今日の日曜日は温かくなるようだから、皆さん、出かけるのだろう。

さて、万葉の時代は、桜をどのように、とらえていたのだろうか。ただ、万葉集が編纂された頃は、まだ梅の花が主流で、桜の花は、傍流であろう。もちろん、万葉集にも桜を題材にしたものもあることはある。少し、取り上げてみよう。

例えば、次の歌。高橋虫麻呂の作と言われるもので、諸卿大夫等が難波に下る時に、詠まれたものらしい。

  白雲の 竜田の山の 滝の上の 小ぐらの嶺に

  咲きををる 桜の花は 山高み 風しやまねば

  春雨の 継ぎてし降れば ほつ枝は

  散りに過ぎにけり 下枝に 残れる 花は

  しましくは 散りなまがひそ 草枕

  旅行く君が 帰り来るまで      (一七四七番)

反歌として、

  我が行きは 七日は過ぎじ 竜田彦

   ゆめこの花を 風にな散らし

                         (一七四八番)

解釈は不要であろう。要するに、旅に出る人に、「このような風が強いと、折角の桜花も散ってしまう。帰って来られるまで、咲いていて欲しいなあ」、と詠うと、反歌で、「そんな大げさなことを言いなさんな、旅と言っても、七日経てば帰って来れる。それでも、竜田彦様、どうぞ、花を散らさないで」と詠っている。やはり、昔の人も、桜の花は好んだようだ。

今日は、少し温かく感じれば、花見の様子を見て回ろうかな。近所の公園もまもなく満開になるだろうから、流風には、あまり関係ないが、次の日曜日までもつ保証はない。そういう意味では、桜のないところに一週間、旅に出る人にとっては、この歌と同じ心境かも。

来週の日曜日まで咲いているだろうか。最近は、咲く期間を長引かせる技術もあるそうだが、余計なことをするものだ。散るか散らないか、はらはらさせるから、この花の価値がある。そんなものは自然に任せておけばいい。

*追記

念の為に記すと、『万葉集』に出てくる桜はヤマザクラで、決してソメイヨシノではない。よって、現代人が受ける印象は異なるかもしれない。ただ、散りゆく花に感傷的になった古代の人々と感性は似ているだろう。

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