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2012年5月 1日 (火)

疑心暗鬼ということ

人間の心とは弱いもので、日頃信頼している人間でも、疑わしき行動を見てしまうと、疑心暗鬼になる。事実かどうかは分らないけれど、『呂氏春秋』には、孔子が愛弟子の顔回を疑ったことを記している。それは次のようだ。

孔子たちが、困窮している時代があった。七日間、碌な物も口にできずにいた。そこで、孔子がうとうとしていると、顔回が、どこで米を手に入れたのか、米を炊いていた。孔子が少し離れたところで、ぼんやり見ていると、顔回がつまみ食いしたように見えた。一応、知らないふりをした。

しばらくして、顔回が、炊きあがった、ご飯を持ってきて、膳をすすめた。孔子は、試すように、「今しがた、亡き父の夢を見たので、手をつける前に、ご飯を差し上げたい」と言うと、顔回は、「それは駄目です。煤が土鍋の中に落ちたので、食べ物を捨てるのは、いけないので、私がつまんで食べました」と答えた。

これに対して、孔子が後悔したというのである。日頃から、孔子は顔回に一目も、二目も置いていた弟子だが、現象に惑わされて、人を一時的だが、正当に評価できなかった自分の未熟さを恥じたのだ。それほどに人を信用するということは難しいということだろう。

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