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2012年5月21日 (月)

三昧ということ

三昧(ざんまい)というと、若干、自嘲気味に語る人が多いけれど、大事な意味を持っている。元々、禅語で、一意専心することを指す。すなわち、やろうとする対象と自己が同一化することだ。

対象を何にするかによって、その人の人生哲学が見えてくる。例えば、人三昧であれば、人を大切にし、人に親切にする必要がある。金三昧であれば、金と自分が同化するわけだから、金の働きを無駄にはしないだろう。仕事三昧であれば、仕事を大切にし、仕事を妨げるものを切り捨てるだろう。

だが、これらも行き過ぎれば、生きにくい人生になる。対象に向かう時は、三昧が望ましいが、それ以外では、心を開放する必要がある。対象にのめり込み過ぎると、それは三昧でなくなるからだ。そういう意味では、三昧は、常に綱渡りだ。

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