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2012年5月 7日 (月)

明日はない~日々是好日

映画で、明日はないというと、米国映画の『俺たちに明日はない』を思い浮かべる。これは二人の強盗の話だが、禅語にも、そういう言葉がある。よく茶の千家がよく使われる言葉に、雲門禅師の「日々是好日」がある。

なぜ、千家が、この言葉を愛されるかは、彼らの祖先が、ある禅師から悟った言葉として、大事にしているのだろう。千利休の孫、千宗旦は、茶室を新たに建てたので、名前を付けてもらおうと、大徳寺の清厳和尚にお願いしようとしたが、急用で、行けなくなったので、断りの連絡を手紙を置いて出かけると、「懈怠の比丘、明日を期せず」の置手紙があった。

今のように、電話もなければ携帯もない時代だから、置手紙も止むをえないが、和尚が少し腹を立てたのかもしれない。手紙の内容は、「怠け者の愚僧には、明日はない」という意味。これには、宗旦も恥じ、以後、他人にものを依頼する時には、十分な配慮をしたという。

茶室を「今日庵」というのは、彼が和尚に詫びた次の歌から来ている。

  今日を今日と言いて  

  その日を暮らしぬる

  明日の命は

  とにもかくにも

これから和尚は、茶室に「今日庵」と名付けたと伝えられる。「日々是好日」は、毎日好い日だと捉えるのは間違いで、一瞬一瞬を真剣に生き抜く一所懸命がベースにある。

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