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2012年5月25日 (金)

かまわんといて、ということ

ある女性が、お節介の、うるさい同僚に、「もう、かまわんといて」とよく言っていた。先日も、電車に乗っていると、女性が、今回は男にだが、同じ言葉を発していた。この言葉は、関西一円で使われているように思う。かまわんといて、「構わんといて」であろう。要するに、構ってくれるな、ということ。

世の中、構いたがり、つまりお節介はどこにもいる。ちょっと情報をつかんでは、あることないこと付け加え、ああだこうだと、言って、相手にお節介する。そういうのは、相手にとって、うるさいものだ。往々にして、静かにしてほしい時に、構ってくるから、たちが悪い。

ところが、よい様に捉えると、世話焼きということになる。ただ、構いたがりと世話焼きは、若干異なる。でも、どちらも、すこし厚かましい性格かな(笑)。ところが、最近の若い人たちは、案外、これらの人々に期待しているフシがある。

世間から誰にも構ってもらえないより、誰かのお節介の方がましだと考えているのかもしれない。それは仕事の後の飲み会に誘われたら応じると言われているのも、その証左であろう。若い人には、寂しがり屋が多いのかもしれない。

でも、そのためには、少々うるさい構いたがりにも柔軟に対応する気持ちが求められる。間違っても、かまわんといて、とは言わないことだ。

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