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2012年5月 5日 (土)

もらい子屋について

母は、流風が子供の頃、家事をしながら、いろんな話をしてくれた。それは果たして、子供にすべき内容であったかは、多少疑問が残るが、大人の世界を垣間見る感じだった。以前にも、母の話は、記してあるが、今回は、表題の「もらい子屋」について、少しふれておこう。但し、子供の頃の記憶は、幾分曖昧で、少し間違いがあるかもしれない。

そもそも、もらい子屋とは何だろうか。これは親が何らかの事情で子供を里子に出す時、それを受け入れる先のことだ。戦前、これをいつぐらいを指すのかは、やや不明で、母の話の様子では、明治時代の話のようであった(多分、江戸時代からあったのであろう)。

戦前は、姦通罪というものがあり、男女の不適切な関係は、罪を問われた。しかし、関係を結べば、子供ができる場合も多々ある。当時は、堕胎は違法であり、闇で処理するにしても、中絶技術も発達していなかった。

また貧しい田舎では、産んだ母親が、育てられないと判断しすれば、避妊知識がないから、赤子の段階で殺していたと言われる。それは度々、「間引き」という言葉で表現された。生活が苦しい中、たくさんの子供を育てることは大変だったから、現代の価値観で、彼女らを責められない。

まだ家に、多少余裕があれば、もらい子屋に幾分かの養育費をつけて里子に出していたようだ。そして、里子は、里子同士、他人でも、無理やり便宜上、兄弟姉妹の扱いをされる。

しかし、もらい子屋が十分養育するかと言えば、そんなことはなく、早くから、子供を労働力として、こき使い、わずかな収入源とした。役に立たなければ、殺したりもして事件になっている例もある。女の子は、少し容姿がよければ、ある程度まで育て、その世界に売り飛ばしている。

このような里子に出すのは、貧しい家ばかりでなく、裕福な家でも、先妻を離縁して、間に子供がいれば、再婚の邪魔になるので、里子に出した例もあるそうだ。最近でも、若い夫婦が離婚して、妻の方が子供を引き取ったのはいいが、再婚して、新しい夫に、子供が虐待される例は多い。里子も、ある意味、その方がいいのかとも言えるが、子供の立場としては、寂しいものだ。

現代では、養育施設があり、もらい子屋は存在していないが、彼らも子供の頃から寂しい思いをしているだろう。養育施設を出れば、頼れるところはなく、自力で歩んでいかなければならない。両親が揃った子供たちは恵まれている。そういうことに感謝したいものだ。

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