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2012年6月13日 (水)

愛想を尽かされた男~狂言『鈍太郎』

男はも一つのことに夢中になると、他のことは、ほったらかし(放置するの意)になりのがちだ。一人の場合は、まだいいが、妻とかパートナーがいると、恨まれる。また、これから関係を持とうと思っている異性からも、冷たくあしらわれる。こういうことは、多くの男が経験しているだろうが、男の性(さが)は、なかなか女性には理解されないようだ。

狂言にも、『鈍太郎』に、そのようなことが描かれている。あらすじは、次のようになっている。

訴訟のため、西国に下り、都を三年間、留守にしていた鈍太郎が、久しぶりに、都に戻る。鈍太郎には、下京に本妻、上京に愛人がいる。まず、本妻のところに行って、戸を叩いて、声をかけると、本妻はそっけない。

実は、鈍太郎は三年間、手紙の一本も妻に出していないから、妻も音信のない彼が、戻ってくるはずはないと思い込んでいる。今の日本のように電話一本で連絡も取れないし、メールなんて道具もない。手紙は、まめな人間にはできるが、案外、煩わしいもの。そこで、鈍太郎も、手紙を送らなかったと思われる。まあ、遊び呆けていたとも考えられるが(笑)。

そんなところに声をかけられても、怪しいと思い、用心して、棒使いを夫に持ったと言って、鈍太郎を追い払ってしまう。怒った鈍太郎は、それならと愛人のところへ行くと、近所の男たちの冷やかしと勘違いし、愛人は、長刀使いを夫に持ったと、これも追い返してしまう。2人の女に捨てられたと感じた鈍太郎もは、出家して、諸国修行することにする。

男というものは、単純で、諦めも早い。無常感とかいうのも、男の性で、女性が、あまり無常感を言うことは少ないと思う。男は愛する妻を失って、無常感を感じることも多いようだが、妻の方は、夫を失っても、しばらく涙にくれても、少し経つと元気に過ごされている。

ところが、そんな2人の女性も、虫の知らせか、追い返した男が、もしかしたら鈍太郎ではないかと少し気になって、それぞれの家に向かうと、鈍太郎が出家した噂を聞く。2人は街道の途中で待ち伏せし、坊さん姿の鈍太郎に出会い、それぞれの家に戻るように言う。

こういことは女性は手早い。行動力に加えて情報収集力。男にできる芸当ではない。結局、鈍太郎は女たちに見つけられてしまう。しかし、一旦決めた男の意地。鈍太郎はなかなか戻ることに同意しない。つまらない男の意地かもしれないが、男とは、そういうものだと思う。

しかし、2人の女から懇願され、顔も立ったので、ようやく、月の前半は、愛人のところに行き、後半は正妻のところに行くことで同意する。鈍太郎は、本妻・愛人の手車に乗って、得意満面で帰途に就いて終演。まあ、これは男の夢でしょうね(笑)。

落語でも、夫が本妻と愛人宅を行き来させられるものがあるけれど、本妻は、愛人の存在を了承していても、嫉妬は避けられない。ただ、男に甲斐性があれば、経済的に苦しい女性を養うのは、昔は、許されたのも事実。

この狂言は、そういうことを前提に描いている。一夫多妻の国があるが、全ての妻を満足させるように、それはそれで努力されているとのことだ。かの国の夫は嘆いていたから、大変なようだ。

二兎を追う者は、一兎をも得られず。最近の芸能人も、二股で沸いていたが、本妻と愛人の間をうまくやっていくのも、至難の業だろう。まあ、そういうことなくても、愛想を尽かされないためには、こまめな連絡は大切だ。この狂言もいろいろ教えてくれる。

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