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2012年6月21日 (木)

武士道について

過去に、武士道について、いくつか触れてきたが、武士道というのは、分りやすいようで分りにくい。それは最早、日本人でもそうだろう。武士道について、日本人が外国人に解説した書籍としては、新渡戸稲造の『武士道』が有名だが、残念ながら分りにくい。

それというのも、新渡戸は外国人に分りやすいように、西洋の文化との対比で、それを説明しようとしたことが、余計にややこしくしているのだ。本来、武士道は、日本の武士道であり、西洋との文化との比較で論じられる性格のものではないのに、そこを無理した感じは否めない。

そこで、もう少し、分りやすく解説したものはないのかと探してみると、渋沢栄一が、武士道について簡単に記していたので、下記に、その一文を紹介しておこう。

一、「武士道」なる語の士人間にいい囃さるるようになったのは、徳川家康が幕府を江戸に創建した後のことであるらしい。それ以前、鎌倉時代から武士の道はあったものだが、「武士道」という立派な名称は、いまだついておらなかったように思われる。

二、俗にいわゆる「刀の手前」とか、「弓矢の道」などという言葉は、武士道に等しきもので、すなわち武士たるものの去就進退を決すべき標目としてあった。

三、しからば、武士道とはなんであるかというに、武士が他に対して自己の態度を決定すべき場合に、不善、不義、背徳、無道を避けて、正道、仁義、徳操につかんとする堅固なる道心、崇高なる観念であって、礼儀廉恥を真髄とし、これを任侠の意義を包含させたものであるということができよう。

四、ゆえに、腰に両刀を手挟む以上は、受けまじきもの、取るべからざるものは、如何なる場合にも、必ずこれを斥け、また徳義上、もしくは自己の職責上なさねばならぬことならば、たとえ如何なる困難辛苦に遭遇するとも、一命を擲(なげう)ってまでも、必ずこれを成し遂げなければ已まぬとの決心を持ったものだ。

五、「刀の手前捨て置かれぬ」とか「弓矢の道が立たぬ」とかいうことは、かかる場合に際して武士たる者の取るべき道をいうたもので、この心が行いとなり、しかしてその行いがよく道に適い、機に応じて造次顛沛、これを誤ることなき武士の本領とし、武士たるものは競うて、この理想郷に心身を置かんと志した。

以上が、渋沢の言葉(*参考)だが、新渡戸の長々と記したものより分りやすい。武士道は、今の日本人も忘れかけていることだが、今一度、日本人に求められているのは、武士道の精神であろう。

*参考

渋沢栄一著 『青淵百話』が出典。なお流風は、これを現代表記した『渋沢百訓』(角川文庫)より引用した。

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