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2012年6月19日 (火)

姫路ゆかたまつりと高尾のこと

姫路では、もうすぐ、約260年前から続く恒例の「姫路ゆかたまつり」が開催される。開催日は、毎年6月22日から24日までだ。このきっかけを作ったのは、姫路城主、榊原政岑(まさみね)であることは、以前のブログで記した。実は、それをアドバイスしたのは、高尾と伝えられる。

政岑は若い頃から、吉原に出入りして、入り浸っていた。当時は、倹約令が布かれていたが、それを無視した格好だ。若さゆえの抵抗だったかもしれない。そこに三浦屋の太夫、高尾がいた。代々、その名を継いでいくのだが、彼女は十代目。

彼女は、群を抜く美しさであったらしい。それだけでなく、十分な教養も備えていた。その彼女を身請けし、豪勢な披露会を催し、姫路に連れ帰る。ただ、榊原政岑は、彼女だけを身請けしたのではなく、その他にも島原の芸妓坂田を含めて何人かの遊女を身請けして、側室にして城内に住まわせていた。当時の殿様としては、ありうることだろう。少し派手だけれど。

ただ、高尾には、子供はなく、やがて政岑は、高尾のことで蟄居させられ、坂田には後継ぎが生まれていたので、自分の立ち位置は弱くなる。そして政岑は亡くなり、彼女は出家して尼になり、江戸に戻る。彼女は長寿で、83歳まで生きたようだ。

美しさゆえに惑わされ、惑わした彼らの運命は、いかようであったのか。あまりにも激しい人生模様を、彼女は、どのように思っていたのだろうか。ただ、彼女のアイデアであったと云う、姫路ゆかたまつりだけが、今でも残っているが、しなやかな感性の持ち主であったことは確かだろう。

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