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2012年6月 8日 (金)

書写山円教寺と性空 その二

性空のもとに押し寄せた貴族は、藤原実資(さねすけ)、藤原公仁(もちひと)等、有力貴族をはじめ、藤原道長の娘で、一条天皇の中宮であり、後一条天皇の母になる、彰子(しょうし)も、和泉式部に先導させ、女官を引き連れ、訪れている。

そこで、有名なのは、この知らせを聞いて、性空は、居留守を使ったこと。栄華の人々は会いたくないという心情。性空は、元々も、客嫌いだったが、彼女らの動機は、所詮、観光三昧と思っていた。それに和泉式部の悪い噂も伝わっていたかもしれない。予想に違わず、彼女らは、女性ならでわの、賑やかさで、ワイワイ話しながら、やってきた。

もちろん、彼女らも、書写山に入山する段階では、少し静かになっていた。本当に、性空に相談したい事情はそれぞれにある。まあ、人生相談に行く趣。だが、性空の指示により、門前払い。そこで、和泉式部が柱に張り付けて書き残した和歌が、次のものだ。

   暗きより 暗き道にぞ 入りける

        遥かに照らせ 山の端の月

解釈は、「暗い所から暗い道をたどるように、救いようのない無明の世界にいる私を、山の端の月よ、どうか慈悲の光で照らして、私の進むべき道をお示しください」というような意味だろう。

これは女流歌人として名を高めるほど、多くの男が言い寄り、男女関係に翻弄される我が身を嘆いたものかもしれない。性空は、この和歌を見せられ、驚いた。救いを求める和泉式部の心情は、彼の修行の経典に書いてあることと一致する。

和泉式部は、ふしだらな女流歌人と思っていたが、案外、物事の本質が分っているらしい、と感心し、急遽、一行を呼び戻させる。こんなことは滅多にないことであった。そして、返歌を示し、懇ろに法を説いたという。

   日は入りて 月はまだ出ぬ たそがれに

         掲げて照らす 法(のり)のともしび

解釈は不要であろう。法によって、明らかにして進ぜよう、という感じ。少し、上から目線ですね(笑)。でも、性空も、歌の心得は十分にあったことを示すものだ。和歌の心が分らなければ、追い返したままであったかもしれない。性空は、単なる修行者ではなく、幅広い知識の上に、仏の道を学んでいたと思われる。

 

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