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2012年7月21日 (土)

業平の恋 その一

在原業平については、今までに度々触れてきた。また多くの人々が業平について記している。一体、業平の魅力は何だったのだろうか。確かに、和歌には優れていた。しかしながら、政治には無頓着で、仕事でも能力は発揮していない。また武人としての面影は全くない。

それでも、女性からは、人気があった。まるで芸能役者かであるように。考えられることは、男前であったのだろう。そして、天皇家の流れ。更に、プレイボーイの必須条件、女性にまめだった。要するに、もてる三要素を備えていたことになる。和歌に通じていたことも、その要因だが、所詮、手段に過ぎないだろう。

それでは、業平の恋は、どのようであったのだろうか。その前に、彼を取り巻く周辺環境、背景を、まず記しておこう。業平の家系を見てみると、第50代、桓武天皇からは、三人の兄弟が天皇を継いでいる。第51代には、平城天皇、第52代には、嵯峨天皇、第53代には淳和天皇という具合だ。

平城天皇の第一皇子は、安保親王だった。だから、彼が天皇になるには、一番近かったが、藤原氏の策謀により、そうはならなかった。まず平城天皇、安保親王が、都を奈良に移そうとしたが、薬子の変が起り、彼らがまず失脚。

そして、淳和天皇の恒貞親王を追い落とそうという策謀を安保親王に働きかける者がいたが、それには賢明にも加担せず、事なきを得ている。安保親王は、それ以後、天皇になるのを避けている感じだ。その安保親王の子供が、業平である。複雑な環境が、彼の愛の精神構造を多少歪めているかもしれない。

話を戻すと、藤原氏としては、冬嗣の女(むすめ)の順子(じゅんし、但し、謚)を嵯峨天皇の親王に嫁がせているため、彼を天皇にさせたかったのだ。彼が、後の第54代、仁明天皇になる。なお、順子には、兄の長良と良房がいる。

次回に続く。

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