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2012年7月29日 (日)

業平の恋 その七

業平は、仕事をさぼって、高子との恋愛に現をぬかしていることは宮中でも評判になってた。一方、藤原氏は、政権基盤を盤石にしつつあり、藤原氏との権力闘争に負けた在原氏は、業平の不行跡もあり、追放の理由の一つのなる。在原一族は、ばらばらになり、それぞれ地方に流される。業平は、東国へ流される。

高子の方は、最早、いかんともしがたく、業平との恋を終わらせるしかなかった。業平に対しては、初めは、それほどでもなかったのは、業平と同様であるが、逢瀬を重ねて、情が移ったのだろう。想いは深いものになっていた。時々、彼を思い出しては、東の方向を見て、涙を流し続ける。

それを見ていた、明子は、高子を宮中から退出させ、実家の蔵に押し込め、いい加減に諦めなさいと、折檻するのだった。その時、詠んだ歌が、次のもの。

  あまの刈る 藻にすむ虫の われからと

   ねをこそ泣かめ 世をうらみじ

「海人の刈る藻に住むという、われから虫ではないが、身から出た錆びと諦めて、泣きはするけれど、この恋をしたことを恨んだりはしない」というニュアンス。そして、業平は、配所から抜け出て、たびたび近くまでやってきたが、逢うことはかなわない。そこで、高子は、また詠む。

  さりともと 思ふらむこそ かなしけれ

   あるにもあらぬ 身をしらずして

「こうしている内に、いつかは逢えると、あの人は思っているのでしょうが、悲しいことです。蔵に閉じ込められて、どうしようもない私とは知らないで」

  いたずらに 行きては来ぬる もの故に

   見まくほしさに 誘はれつつ

「あの人は、いたずらに逢おうとして、やってきても、無駄に帰ってしまう。そうなのだけれど、そうは分っていても、逢いたさ見たさで、彼の想いに応えようとする気持ちはなくならない」といった高子の鬱々たる想い。

しかし、両者の想いは空しく、二人は、逢うことはかなわなかった。後に、高子は、清和天皇の后になり、業平は、東国へのセンチメンタル・ジャーニーを続けるのであった。その後も、彼は、多くの浮名を流すが、本当の恋は、高子一人と言えるだろう。そして、高子は、清和天皇崩御後、スキャンダルを流すが、原因の一つは、報われなかった業平との恋にあるかもしれない(*注)。

*注

なお、業平は、清和天皇崩御の前年に亡くなっている。

*注記

この記事は、『伊勢物語』のいろんな内容を、組み合わせて、独断で解釈する場合があります。あくまでも一個人の想像だということをお断りしておきます。

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