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2012年7月23日 (月)

業平の恋 その三

それでは、業平と高子の恋は、実際は、どのようであったのか。読み解くと、業平にとって、高子との恋が、最初で最後の本当の恋ではなかったかということだ。彼らが最初に見知ったのは、高子18歳の時、清和天皇即位の大嘗祭(859)にて、彼女が五節舞姫を務めたことだろう。当時、舞姫になることは、各貴族では、誉れのあることで、いずれは、お妃候補となる可能性を秘めた、やや遅い貴族界でのデビューだった。

その時までは、いろいろ噂を聞いても、あまり関心はなかったものと思われる。ところが、高子の高い評判を聞いて、興味を示すようになる。高子は、大変美しく高貴に育っていた。それも教養も備えた美しさだ。心映えもよさそうだ。現代の例えで言えば、世間知らずの深窓の令嬢というところだろう。

当時、業平の方というと、34歳ぐらい。彼も、紀有常の女を妻としている関係上、紀家一派の片割れと取れないこともない。よって、藤原家一派との対抗心で、高子にちょっかいを出した可能性もないとはいえない。

それらがないまぜになって、、業平の意欲を掻き立てる。まず自分に関心を持ってもらわねばならない。きっかけ作りが必要だ。大昔は、逆の例だが、女性は、好きな男性の前にハンカチを落としたという(笑)。業平の場合は、和歌を付けて、物を贈っている。

  思ひあらば 葎(むぐら)の宿に 寝もしなむ

    ひじきものには 袖をしつつも (*参考)

一体、何を贈ったか。なんと「ひじき」だ。更に、敷物を引くにかけている。業平は、ダジャレがお上手。おじさんのダジャレを笑ってはなりません。和歌の意味は、「私のことを思ってくださるなら、この荒れ果てたあばら家で共寝をしましょう。そこには引敷物はないので、お互いの袖を重ねて」。

何と直接的。いきなりベットに誘う厚かましさ。それもあばら家で。相手の女性の反応が手に取るように分りそうです。ただ、業平は、後世に教訓も残している。それは贈り物に「ひじき」を選んでいること。それは、すなわち、「消え物」なのだ。後に残らないものだ。最近の男は、いきなり指輪を贈ったりするが、それは受け取る方も、いきなりでは迷惑なもの。

初めての女性に贈る品は、「消え物」が常識だろう。業平は、それを守っている。そして、「ひじき」には、「食べると長生きする」という意味が込められている。現代で言えば、健康にいいですよ、美容にいいですよ、是非、召し上がってくださいというニュアンス。女性の気持ちのツボ、押さえていますなあ。多分(笑)。

*参考

ちなみに、この歌は、二人の将来を暗示している。

*注記

この記事は、『伊勢物語』のいろんな内容を、組み合わせて、独断で解釈する場合があります。あくまでも一個人の想像だということをお断りしておきます。

次回に続く。

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