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2012年7月16日 (月)

播州弁 その十六 すぼっこい

今回の播州弁は、「すぼっこい」。果たして、播州弁かどうかははっきりしない。ただ、母はよく使っていた。「あの奥さん、少し、すぼっこいやろ。そやけど、ええ奥さんやで。人は、その態度や外見で判断したら、あかんで」とは、流風に言っていた。

「すぼっこい」とは、無愛想で、とっつきにくいという意味。京都では、「すぼっこな」といい、悪い意味で使っているらしい。確かに、無愛想な人間は、あまりいい気持ちはしない。愛想良く対応してくれる方が、いい人のように思える。

しかし、母の見方は違った。「愛想のいい人には、気をつけるんやで。すぼっこい人は、ある意味、正直。何にも関心あらへんで、という風で、あんたのことをちゃんと見ていてくれるんや」とも。

ただ、播州の女性は、中高年は割と、皆、すぼっこいかもしれない。だから、第一印象はあまりよくない。これも、個人であれば、まだいいが、店の接客も、案外、すぼっこい。よく言えば、淡々としている。お愛想も、ほとんど振りまかない。観光の時代というのに、これでいいのかなと時々思う。

*追記

ちなみに、「すぼっこい」をネットで調べると、大阪弁では、「金払いがいい」と解説されていたが、未だ、そういう意味で使ったことはない。大阪時代も、そういうことを聞いたことが無いし、本当に使うのかな。また京都弁と播州弁は、同じ意味で使っている。

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