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2012年8月15日 (水)

米一粒までも

子供時代、茶碗に、ご飯粒一粒でも残していると叱られた。「お米は、お百姓さんが苦労して稲を育てた結果、私たちが頂けるもの。一粒さえ無駄にしてはいけません」と母に強く言われた記憶がある。それゆえ、今でも、弁当の蓋に御飯がついていると、それも食べるし、外食でも、一粒も残さない。

今のような飽食の時代には、笑われるかもしれないが、母の教えは、今も通用することだろう。戦中戦後を生きた両親の世代は食糧で苦労した。戦中から配給米で十分な食料が得られなかったが、戦後は、インフレと配給米という苦難。

配給米では、健康を維持できないし、ヤミ米は禁止されていた。それでも、止むなく、多くの人は高くてもヤミ米を危険を冒して入手していた。戦後没落した人達は、所得を得る術もなく、家財、家具、衣服、骨董品等を売って、筍生活をしたと言われる。

両親は、米穀通帳を見ながら、食べる苦労をしたことをよく話してくれた。サツマイモ、いものツル、野草等、食べられるものは何でも工夫して食べたという。両親の食事内容は、一生、粗末なものだったが、あまり贅沢な食事は体調が悪くなると敬遠していたようだ。まあ、それでも母の方は肉を好んで比較的食していたが。

今は、日本では、食べるのに困ることはないだろう。しかし、過去に、食糧危機の状態があったことは忘れてはならないだろう。流風は貧乏くさいと笑われても、今後も弁当のご飯一粒さえも無駄にはしないつもりだ。

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