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2012年8月12日 (日)

なぜ銅鐸は埋められたのか

先日、ブログで案内した『国宝 桜ケ丘銅鐸の謎に迫る』を鑑賞しに、神戸市立博物館に行ってきた。当日は、平日にもかかわらず、多くの高齢者が観覧していた。歳が行くと、こういうものに関心が行くのは自然の流れ。

展示品は桜ケ丘銅鐸だけでなく、他所の銅鐸も展示してあった。模型も含めて、計92点だ。その中で、昭和39年に山中から発見された14個の桜ケ丘銅鐸は、約2100年前(弥生時代中期)に造られたもののようだ。サイズは、6号銅鐸(高さ63.7センチ)から14号(高さ21.05センチ)までと様々。

銅鐸の役割は、いろんな意見があるが、基本的に神事に使われたようだ。なぜなら、それらが発見された地は、全て「神」の名がついているというから、その可能性は高い。桜ケ丘銅鐸には、人や動物が描かれているのが珍しく国宝に指定された(*注)。なお、同じ鋳型で作られた銅鐸が鳥取県や滋賀県でも発見されているそうだ。

それでは、なぜ銅鐸は埋められただろうか。銅鐸は、製作当初は、金銀と眩い光を放っていたと考えられる。埋められた可能性としては、流風の独断的な想像では次のように思う。

 一、祭事の時だけ、人の目に触れ、それ以外では、禁忌とされた可能性

  二、その祭事は権力者の限られた秘事であった可能性

 三、敵対者から略奪されるのを防ぐ可能性

 四、段々と金銀のように光らなくなり、青銅色になり捨てられた可能性

 五、好い音が出なくなったため捨てられた可能性、等々。

他にも、いろんな可能性があるだろう。たまには、そういう想像力を発揮するのも楽しいものだ。

*注

描かれているのは、「鹿」、「鹿の群れ」、「弓を持った人と鹿」、「魚と人」、「イモリ」、「二人で脱穀する人」、「魚をくわえた鳥とスッポン」、「カマキリとカエルとクモ」など。

*平成27年8月14日追記

最近、淡路島で発見された銅鐸には、舌も一緒に見つかっている。更に舌を吊るす紐も発見され、銅鐸は舌で鳴らす器具だということが立証されたようだ。ということは、風鈴のルーツと言えるのだろうか。と考えると、風鈴にも、それなりの意味があるのだろう。

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