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2012年9月30日 (日)

少し面白くなってきた日本のドラマ

常々、テレビ放送のコンテンツが面白くないと言っている流風だが、依然として、くだらないバラエティー番組は大変多い。いつまでも業界体質は改まらない。

また韓国ドラマが一時、席巻していたが、最近、いろんな人に聞いてみると、ほとんど視ないという女性が多い。ある主婦は、以前、姑さんが熱心に視ていたけれど、最近は全く視ていないと言っていた。

昔は、内容が異文化ということで珍しく、視ていたが、最近は、二番煎じで、飽きてきたらしい。それでも、サンテレビジョンでは、これでもかこれでもかと放送している。全く知恵がない。

地方放送局は予算がないから、番組を組むのが大変なのはわかるが、もう少し何とかしてほしいものだ。古い日本の時代劇も流しているが、こちらの方がはるかに面白い。昔の時代劇は、内容もよくできていると感心する。

そんな中、最近になって、ぽつぽつ少し好い内容のドラマが放送されるようになってきた。これは喜ばしいことだ。NHKは近世の歴史ドキュメンタリードラマがいいし、民放は、一時間一話完結ドラマにいい物が出てきている(二時間ドラマは、少し無理があるのは、今も昔も変わらない)。今後も、単発でもいいので、面白いドラマを放送し続けてほしいものだ。

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2012年9月29日 (土)

企業は中国から撤退する最大のチャンス

領土問題で、中国、韓国と揉めているが、日本の主張が正しいことは明らか。中国、韓国は、基本的に自らの主張が誤りと気付いていても、強硬に自己の主張を繰り返す性癖がある。今後も、頑迷に、嘘の主張を続けるだろう。政府は、辛抱強く、彼らに向きあうしかない。

企業としては、この問題は別にしても、中国、韓国共に、投資先としては、すでに魅力が落ちている。特に中国は人件費も高い上、目に見えない諸経費がかかるので、企業としては採算が合わなくなっている。ここは、いい機会なので、撤退するチャンスだろう。この機会を逃してはならない。

今なら、撤退しても、投資家から苦情がくることはない。むしろ歓迎されるだろう。特に製造業の経営者は、このチャンスを逃すべきではない。それに、あのデモを見ると、中国共産党の崩壊は、少し先になりそうだが、中国のバブル崩壊は、間もなくという感じがする(とは言っても、今すぐということはないかもしれない)。

崩壊してから撤退するとなると、痛手も大きくなる可能性がある。山高ければ、谷深しだ。撤退はできるだけ早い方がいい。米国企業は、十分に儲けて、すでに撤退をほぼ完了し、彼らはバブル崩壊しても、無傷で終わるだろう。日本企業だけが撤退が遅れ、被害を被る可能性が現状では高い。

関西の経営者は、概して、辛抱強く、ねばる傾向があるが、それが被害を大きくしかねない。遠い将来、再進出することも考えられるが、中国に対しては、柔軟なやり方が求められる。今は、撤退という思い切りが大切だと思う。小さな損失をケチって、大きな損害を受けないようにしたいものだ。

*追記

サービス業、物流、飲食業、販売業も、市場が大きいことは確かだが、場合によっては撤退を早めた方がいいかもしれない。資本参加という形が多いと思うが、経営は、一旦、彼らに任せて、資本を引き揚げることも必要だ。要するに、築いた人間関係だけ、残せばいい。

特に、中小企業の場合は、無条件で撤退が望ましい。そもそも中小企業の場合は、リスクが大きすぎて中国進出は無理がある。早めの戦線離脱が望ましい。

*追記

中国は、歴史的に、いい意味でも悪い意味でも、常に帝国主義であった。そして、トップは変わっても、その下は変わらない、いわゆる「易姓革命」が常だ。今は、中国共産党が権力を握っているが、多くのほころびが見える。いつのことか分らないが、いずれ大きな変革の波が押し寄せるのは間違いない。部外者は、それに巻き込まれないようにし、落ち着いたら、ビジネスに参加するのがいいと思う。

ただし、国民同士の交流はそれぞれに続けたらいいと思う。尤も、当分は旅行、文化交流等は控えた方がよさそうだ。善意の行動が必ずしも評価されないということになるからだ。無理することはない。

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2012年9月28日 (金)

アンディ・ウイリアムスの訃報

あのアンディ・ウイリアムスが亡くなったようだ。あの甘い声は、ペリー・コモ、パット・ブーン同様、母が好きだった歌手の一人だ。父も、それに影響されて好きなようであった。いや、母は洋曲が好きだった父の影響を受けているのかもしれない。

あのオードリ・ヘップバーンが娼婦役を演じた『ティファニーで朝食を』の主題歌「ムーン・リバー」も、彼は歌っていた。あのゆっくりとしたハーモニーは流風も好きで、よく聴いたものだ。映画の方は、ずっと後になって、テレビで視た。映画では、オードリ・ヘップバーンが歌ったことにしていたように思うが(*注)。

流風にとって、もっと身近な曲は、やはり映画『ゴッドファーザー』の「愛のテーマ」であろう。映画の内容とは、そぐわない感じなのだが、あの盛り上げる曲調は、当時、なかなかいけると思ったものだ。彼の歌いあげる感じがとてもよかった。

彼のテープは、若い時に買ったと思うのだが、探したところ、見つからなかった。多分、テープが駄目になって処分したのだろう。彼の曲は、疲れた時、気分を和らげてくれる効果があったと思う。今で言う、「癒し効果」のある美声だった。享年84歳。ご冥福を祈る。

*注

ネットを見てみると、あの歌はオードリー・ヘップバーンが歌っていたと解説しているものもある。以前、歌は吹き替えだと聞いた記憶があるのだが、真偽のほどは確かではない。

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2012年9月27日 (木)

対日米国外交の基本戦略と日本

大きくタイトルに、「対日米国外交の基本戦略」なんて掲げてしまいましたが、一般人に、日本に対する米国の外交戦略など分るはずもありません(笑)。ただ、感じたことを記してみます。米国の外交を見てみると、基本的に、よくぶれる。どこかの国の政治家とよく似ています。そして、ご都合主義です。

そして、よく考えると、それは、米国は、まず自国さえ、安定的であれば、他国はどうでもいいというような考え方があるのではないでしょうか。更に、自国を安定的に運営するには、関係各国は不安定な方がいいという考え方に、どうも落ち着くようだ。まあ、こういう考え方は欧米各国に共通する考え方ではありますが。

日本の例で、述べますと、今、揉めている尖閣列島の問題も、彼らの方針は、時代により、ころころ変わっています(*注1)。つまり自国の都合のいいように、本音を隠して、日本や中国に言質を与えています(*注2)。それで日本や中国は、お互いの主張をして、振り回されます。多分、米国は、しめしめとほくそ笑んでいることでしょう。

韓国との竹島問題も、曖昧にし続けたのも、米国が関与している。ロシアとの北方領土も問題も、そのようです。これらの国々とは、米国からすれば、日本は、あまり仲好くして欲しくないということのようです。ということで、日本は隣国と、いつもトラブルの要因を孕んでいる。

これは、まるで女性の嫉妬のようです。それも、かなり強烈な焼もち体質です。すなわち、米国にすれば、日本は、米国だけを見つめておればいい、という感じです。周辺の他国に色目を使うな、接近するな、そんなことをすれば痛い目に遭うわよ、と言っているようなものです(笑)。

ところが、日本の政治家は、一般の男がそうであるように、女性(米国)の嫉妬を無視して、呑気そうに、勝手に動くものだから、米国と齟齬をきたす。その結果、米国から、大変な嫌がらせ、報復措置を受ける。戦後の日本と米国の関わりは、そのように説明できる。そういう関係が、ずっと続いている。

いい加減に、日本の政治家も、分りそうなのに、学習効果なく、自分を出したがる(いわゆる自主外交)。もちろん、全てにおいて従米主義がいいとは言わない。ただ、米国の外交戦略をじっくり見極め、根回しが足りないと感じるのは流風だけだろうか(*注3)。

*注1

尖閣問題の遠因は、田中角栄首相が作ったとも言える。彼は米国と相談せずに、日中国交回復をし、米国を激怒させた。それにより、米国は、尖閣諸島について、発言がぶれるようになる。また、田中角栄首相は、中国に対して、尖閣問題があるような発言をして、結果的に中国に誤解させている。

*注2

ただ、日本とは日米安保条約を結んでいる関係上、日本が尖閣諸島を実効支配する限り、米国は、尖閣諸島がらみでは日本を守るだろう。

*注3

日本が、米国の外交戦略をきちんと見極めていれば、そんなにトラブルは生じないはずだ。彼らは、基本的に、他国の意見を聞かないが、それなりの対応の仕方はあるはずだ。ところが、外務省も、米国派(アメリカンスクール)という人たちがいながら、きちんと彼らの政策を読み切れていないところに、日本の政治の不幸がある。

すなわち、彼らの政治特性、考え方、外交戦略をきちんと把握する必要がある。それには対象の米国の分析だけでは不十分なことははっきりしている。ところが、官僚社会は縦社会だから、横からの情報(米国の関係各国。友好的、非友好的国家全て含む)を無視しがちだから、正確な情報が得られないことが起る。これは戦前、戦後を通じて変わっていない。外務省の情報戦略を改革する必要に迫られていることは間違いない。

*平成24年10月20日追記

タイトルが少しおかしかったので、少し変更しました。それに伴い、本文も少し修正しました。

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2012年9月26日 (水)

調理器具の買い替え 2012

調理器具を一部買い替えた。フライパンは3年前に買ったもので、気に入っていたが、不手際で、傷んでしまった。少し、残念。やはり木製のヘラを使った方がよかったのかも。今回、買い替えたものは、タイ製(前の物は韓国製だったが、今回はパス)。いろいろ探してみたが、一番気に入った。ただし、少し重い。料理する上での支障はない。

後は、一部、鍋も買い替え。かなり古いのを使っていたが、やや熱効率が悪いようなので、買い替えを決意。今回は国産。確かに、以前、使っていたものより、いい感じ。これからは煮物が増えるので、有難い。もっと早く、買い替えるべきだったのかも。

後は、小ぶりの木製のヘラが追加で欲しいが、形状、大きさ共に、あまり気に入ったものがなく、少し困っている。どこの物も、皆、大きすぎる。木製のしゃもじでもいいのだが、先の形が少し合わない感じ。見つかるのは、いつになることやら。

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2012年9月25日 (火)

地方都市の未来 その三

今回は、前回に引き続き、大都市圏で衛星都市になっている地方都市の今後の動向を見てみようと思う。今後、期待される地方都市は、それなりに魅力ある街づくりを目指さないといけない。では、どのようにすべきか。

まず、やらなくてはならないことは、雇用の確保、安定だろう。いかに雇用を確保するか。それには大都市圏からの仕事、地域の仕事に大きく分かれる。大都市圏の仕事を引っ張り込む仕組みと、引っ張りこめるバックアップシステムの確立が求められる。そして地域自体を魅力的に見せる仕事が必要だ。ざっと、最近の傾向を見ると、次のようになる。

 一、地域でできるソフト関係の仕事

     いわゆるアウトソーシング関係

 二、一、の仕事を支援するビジネス

     まずブロードバンドをはじめ、ネット環境の整備。

     自然環境等を活かした作業者のストレス環境削減の仕組み。

 三、一、の仕事周辺ビジネスも予定した場所の提供

 四、一、で働く女性の支援の仕組み

 五、地元の生活関連サービスの充実

 六、地元の医療・介護サービスの充実

 七、その他の地域特性を活かしたビジネス

これらの雇用が確保できる環境を整えた上で、魅力的な生活形態が可能な街づくりが問われる。

次に、高齢化と少子化を一挙に解決することが求められる。それには単独世帯をできるだけ少なくし、複数同居世代を増やす施策が求められる。すなわち、二世代、三世代住宅の推進だ。

これは、かつて昔見られた形態だが、それに情報システムを組み込んだ高度の複数世代同居システムを作り上げることが求められる。そうすることで、人口の流出を止められ、高齢者の介護の問題、現役世代の住居問題、少子化の問題も解決の糸口が見つかるだろう。

国全体としては、人口の固定化という問題が将来、出てくる懸念があるが、当面、複数世代が同居することで、世代を越えて、生活全体のトータルコストが抑えられ、所得がそれほど伸びなくても、生活にゆとりが出る可能性がある。

更に、街の活性化のためには、異質な人材を招くことも必要だ。それは従来の“空気”を変えられる人材がいい。新しい取り組みをして、新しい街づくりに励んでいることをアピールすることは、新しい人々を招く起動装置になる。それは別に大物である必要はない。小さい“山”を、たくさん築けばいい。そうすれば街の雰囲気は変わる。また自然環境が豊かで、歴史のある地方都市の場合は、更に、多くの可能性を秘めている。

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2012年9月24日 (月)

葛の葉の正体

以前にも紹介したように、安倍晴明の出生の秘密を物語にしたものがある。安倍晴明の母親は、実際は分からないけれど、物語では、葛の葉とされる。安倍保名と葛の葉は成り行きとして、なさぬ仲になる。二人は結婚して子供ができる。これが後の安倍晴明と言われる。

この辺は真実かどうかは分からない。何せ浄瑠璃に謳われていることだから、多くは小説と同類と考えてよい。浄瑠璃では、葛の葉は眠っている時に、狐の正体を現してしまう。正体がばれた葛の葉は、次の歌を残して去る。

   恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる

      信太の森の うらみ葛の葉

この歌にある意味は、葛は「裏見草」とも言われるので、愛する人と別れなければならない「恨み」とかけている。実は、葛は昼間、葉を閉じてしまう。だから、見えるのは裏側になる。葛の葉の特性を知らなければ、この歌の意味は理解できないだろう。そして、この歌にだけは、真実が隠されているようにも思われる。

それでは、葛の葉の実際の正体は何だったのだろう。狐と誤魔化さなければならない理由は何か。それはこの女性の二面性を表しているのかもしれない。フランス映画で、カトリーヌ・ドヌーブ主演の『昼顔』というのがあったが、夜は貞淑な妻を演じている女性が、実は昼の顔があったというイメージの物語だ。

葛の葉にも、そういう面があったのかもしれない。芦屋道満と通じていたという話もある。そこに安倍晴明の出生の秘密があるという。浄瑠璃では、美化されている女性も、現実は、もっとドロドロしていた可能性もある。逆に言えば、そういう複雑な家庭環境にあったから、安倍晴明という世にも稀な人物を生みだしたのかもしれない。

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2012年9月23日 (日)

国際観光ビジネスの原則

現在、尖閣諸島問題で、双方の観光者が減っている。日本の観光業者の中で、大量の中国の観光関係者をあてにしていたところは苦しいかもしれない。

しかしながら、ビジネスの基本原則の一つに、「不特定多数に少しずつ売る」というのがあるように、一つの特定地域から多くの観光客が来るのは、ビジネスとしては、あまり宜しくない。

そもそも観光業は、「水商売」だから、リスクを分散しなければならない。そのリスク分散は、顧客の分散だ。すなわち、同じ地域から、多くの客を取らないことだ。

そして、国際観光の場合は、国家間において友好的でない、あるいは不安定な関係の国々(特に中国と韓国)からの観光客には過度の期待をかけないことだ。

そのようにして経営計画が組まれれば、急な事象が起っても、あたふたすることはない。国際観光ビジネス関係者は心してほしいものだ。

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2012年9月22日 (土)

『明石藩の世界』を観覧

明日(平成24年9月23日)までだが、明石市立文化博物館で、『明石藩の世界』が開催されていたので、少し前に観覧してきた。もっと早く記すべきだったが、いろんな記事が書きたくて、結果的に後回しになってしまった。

この展覧会は、松平家・黒田家旧蔵資料受贈記念速報展と銘打たれている。よって公開されているのは、その一部だ。明石藩については、今まで、あまり明らかになっていなかった。それは第二次世界大戦で、米国による空襲で、いろんな公的資料がほとんど焼失してしまったからだ。

そんなところに、旧明石藩主の松平家と旧明石藩家老の黒田家にゆかりのある人たちから、明石市に、工芸品、美術品、古文書等が、約1700点、今年6月に寄贈されたそうだ。今回公開されたものは、江戸時代後期から幕末期の藩の動向や武家の生活ぶりが紹介されていた。展示資料解説文書を頂いたので、内容が分りやすい。

詳しい内容は記さないが、内容としては、「松平家旧蔵文書」としては、『松平家年譜』、『越前家系譜』、『明石藩江戸藩邸日記』。「黒田家旧蔵文書」としては、『御留守居日記』、『御仕置相談相手控』、『黒田長保日記』、『者頭控』、『組頭控』、「御近習頭勤向控』、『御軍令写』、『武備誌』、『年中行事』、『年中行司』、『忌服并遠慮引調』、『諸慎控』が展示されていた。家老の方が文書が当然多い。

また藩主の資料としても、松平家は、残念ながら、『葵紋入朱塗挟箱』、『萌葱鳥毛陣羽織』たけだったが、家老の黒田家は、武具(『金地漆研出鞘脇差と葵紋付刀掛台』、『繰半月前立兜』等)、生活道具等、たくさん展示してあった。これらは文書を中心に、今後の時代考証に役立つものと思う。今後、もっと内容が明らかになっていくのが楽しみだ。

また展覧の隣には、『江戸時代のやきもの』展が開催されていた。黒田家資料の焼き物の中に多くの地元の明石焼、舞子焼が含まれていたことから、その関連で、日本陶磁協会明石後援会の協力の下、個人コレクションを中心に、56点、展示されていた。

*追記

なお、明石市立文化博物館では、同時に、『寺島紫明の素描(画家のまなざし)』展も開催されていた。こちらは9月30日まで展示。寺島紫明は明石市生まれのため、当館が所蔵する彼の作品が多い。彼は女性像を絵の対象に選んでいる。彼は女性たちが自然体の時に持つ本質を描きたかったようだ。素描の他に点数は少ないが、絵も展示してある。

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2012年9月21日 (金)

侵略、テロを容認する中国には投資できない

そもそも中国から仕掛けた尖閣侵略は、中国の奢りから出た行為だ。しかし、いずれ中国も、奢れる者、久しからずということが分るだろう。反日官制デモを行い、暴動テロを容認した中国は、最早、国際社会で笑い物だ。中国共産党政権は、今後も政権維持ができるかどうか危うい。これが国連の常任理事国とはとても思えない。

かつて中国は、米国のことを覇権主義と罵ったが、現在の中国も同類だ。日本の領土を自国の領土と言いかえ、国際社会に嘘の情報を流し、だまし取ろうとする。彼の国の名「中華」が泣くだろう。どこに彼らの政治手法に中華思想があるのだ。王道どころか覇権があるだけだ。そして指導者にも、誇りも何も感じられない。ただ恥も外聞もなく、単に強欲な国になっただけだ。

彼らが政治手法の誤りに気付かなければ、今後、誰も中国には投資しないだろう。軍部も、かつての日本が誤った同じ道を歩もうとしているように見える。彼らも、いずれ同じ苦難の道を選択するのだろうか。

中国経済のピークは、もう終わろうとしている。すでに各国は、事業投資をすでに引き揚げにかかっており、日本だけが、遅れていた。日本も、今回の事件をきっかけに、事業撤退を検討せざるを得ない。政治リスクが大きすぎる。

それに中国経済は、これからは下り坂に差し掛かってくる。ピークは2015年と見ていたが、尖閣問題で、若干早まった感じだ。そこで、彼らが世界から見放されれば、これから世界にとってもお荷物になりかねない。食糧、エネルギー、公害、水資源、高齢化等、人口が多すぎる故に、国家を維持するのが大変になる。

それなのに、政治の運営が、発展途上国以下のテロ容認では、どこの国の投資家も手を引かざるを得ない。あまりにもリスクが大きすぎる。やはり共産党一党独裁では、資本主義政策は無理かもしれない。とすれば、政権が崩壊し、民主的な政権を選択するか、あるいは資本主義の導入を諦め、本来の社会主義に戻すしかない。中国人民は、どちらの選択をするのだろうか。

それがはっきりするまでは、中国への投資はできないだろう。すでに投資しているところも、最早引き揚げるしか手がない。その結果、中国のバブルが崩壊するかもしれないが、早く逃げた者が勝つだろう。

*追記

中国はトップの交代に伴い、年末から年明けにかけて、そこそこの規模の景気対策は打つだろう。その場合、最後のバブルが生じるかもしれない。資本市場は反応するだろうが、それに誤魔化されてはならない。そこには大きな落とし穴が待ち受けている。投資家は、別の国の投資先を吟味すべきだろう。投資の基本に立ち戻ることがリスクを小さくする。

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2012年9月20日 (木)

反逆の人~赤松円心 その五

円心は、播磨国守護国になった後は、出家し、後のことは、息子たちに任せている。もちろん、完全に引退したわけではなく、尊氏には、諸々の相談に乗っている。北朝のアドバイスをしたのも彼とされる。そのようにして、主として播磨で、赤松氏繁栄のもとを築いた。

赤松氏は、円心、則祐、義則の三代が最盛期で、則祐、義則は足利幕府の要職に就いている。播磨、美作、備前、摂津(現在の阪神地区から播磨地方、岡山県の東部地域)という、いわば大播磨圏を領有する。これらの地域は、それ以後も支配者が必死になって押さえたい要所となっている。

円心は、その後、禅の道をひたすら歩む。それは戦乱で多くの人々が亡くなったのを弔い供養するためであった。円心は、上郡に法雲寺を建てて(開基)、あの雪村友梅を開山に招いている。法雲寺は、赤穂郡上郡町苔縄にある。ここは赤松氏の菩提寺で、全国の「赤松」さんが、よく訪れるそうだ。更に、円心は甥の大灯が京都に大徳寺を開くのを援助している。

なお、円心の三男・則祐は、宝林寺を創建し、境内には、現在、「円心館」という赤松一族の歴史を伝える資料館がある。ここには、円心と則祐、その娘の覚安尼(千種姫)の赤松三尊像、及び雪村友梅像を保存している。

これらは鎌倉彫刻の名残を残すと言われ、製作は、運慶の弟子、康俊によるもの。円心像は、法衣姿でありながら、太刀を差している。常戦戦場という意識があったのだろう。この表情を見ると、玉眼になっており、眼力のある精悍な感じで、口をぐっと引きしめている。また耳が大きく耳たぶも大きく、鼻も大きい。

残念ながら、雪村友梅が見た若い時の円心の顔は分らない。果たして、どんな顔であったのだろうか。円心像を見て、想像してみるのも面白いかもしれない。

赤松円心については、今回で、一応了とする。

*参考 円心館

        赤穂郡上郡町河野原 279

        JR上郡駅より智頭急行乗り換え 

   河野原円心駅下車、徒歩5分。

   入館料300円。

   問い合わせ 

    松雲寺 要連絡 0791-52-1277

               松雲寺も赤松氏ゆかりの寺。

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2012年9月19日 (水)

反逆の人~赤松円心 その四

同じ頃、鎌倉では新田義貞(正しくは源義貞)が挙兵し、鎌倉幕府は、ついに滅ぼされる。そして、後醍醐天皇は政権を握る。いわゆる建武の新政だ。手柄のあった武士には恩賞が下された。赤松円心も、播磨の国の守護に任命される。ところが、新田義貞の横槍が入り、円心は、播磨守護職を解かれてしまう。

これには、足利尊氏と新田義貞の官位争いが影響しているかもしれない。足利尊氏は従三位なのに対し、新田義貞は従四位。そこには格段の差がある。それを埋めるため、後醍醐天皇は、赤松氏に与えた播磨国守護を取り上げ、新田義貞に与えたのかもしれない。

しかしながら、どういうわけか、円心の方は、元の佐用荘地頭に落とされたままであった。それをなだめたのが、足利尊氏だったと推定される。この頃から、円心は、尊氏の政治センス、全体を見る力等、懐の深さに興味を示し、強い心のつながりができたようだ。あるいは、同じ志を感じたのかもしれない。

というのは、後醍醐新政は、時代を読めず、逆行して公家を中心とした政権に戻そうとしていた。これは、円心の思いとは違って、年貢や夫役をかえって厳しくするようになり、この政権では駄目だと強く思うようになっていた。また円心が支援した護良親王と後醍醐天皇の争いが嫌になっていたとも考えられる。

尊氏や円心は、朝廷に任せては新しい時代は築けないと感じ、新しい国造りは自分たちでやらなければと意を強くする。その頃、鎌倉は、新田義貞が軍と共に上京していたため、北条氏により奪回されていた。そこで、尊氏は、天皇の命なく、鎌倉に兵を向ける。その時、赤松円心にも、参戦を求め、次男を参戦させ、北条氏を破る。

だが、そのようにして、朝廷に抵抗してみたものの、尊氏・円心グループは、楠木正成・新田義貞の連合軍に負け、敗走し、尊氏は九州に逃れる。ただ円心は、その後も、上郡町赤松の地に白旗城を築き、籠城し、激しい抵抗を続けた。そして、曖昧な言葉で、新田義貞を50日間、引きつけ、尊氏が立て直す時間稼ぎを巧みにしている。

やがて力を蓄えた尊氏が、九州から攻め上がる。義貞は京都を守るため、引き上げる。1336年、尊氏軍は、神戸・湊川で楠木正成軍を打ち破り、京都に入り、建武の新政は儚く終わりを告げる。1338年には新田義貞を破り、征夷大将軍に任命され、室町幕府を開く。円心は、尊氏より、改めて、播磨守護職に任じられる。59歳の時だった。

次回に続く。

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2012年9月18日 (火)

反逆の人~赤松円心 その三

鎌倉幕府は、朝廷を軽んじ、飾りもののように扱っていた。しかし、幕府の末期には、その力も衰え、そこに後醍醐天皇が現れる。当時、世の中の統制は取れておらず、乱れていた。そこで、後醍醐天皇は、討幕を試みるが、二回も失敗して、隠岐に流される。

後醍醐天皇の意志を汲んだ護良(もりなが)親王は討幕のために、各地に討幕の文書を送る。これに、いち早く反応したのが、赤松円心。意思決定と共に行動も素早い。彼は天台座主になっていた護良親王のもとに、三男の則祐(そくゆう)を送り、側近につける。地方にいては、中央の正確な動向が掴めない。これは討幕の情報収集を確実なものにするためだった。

更に長男範資(のりすけ)を京都への足がかりにするため、現在の尼崎の荘園に荘官として貼り付け、資金調達の準備をしている。戦争に資金は重要だ。物資調達を無視した戦争はありえない。そのように着々と即戦体制に手を打った。このように彼は、非常に動きが的確ですばやい。

もちろん、彼には思惑がある。佐用荘の地頭だけで終わりたくない。今こそ、圧政に苦しむ庶民を救うという大義の下に、世の中を変え、大きな領地を獲得するチャンスと踏んだのだろう。いつの時代も変化はチャンスだ。彼の用意周到な準備は、その後の戦いで、大きな成果を上げる。

1333年、後醍醐天皇が隠岐を脱出して、円心を頼って、書写山円教寺に入る。そして、円心を通じて刻々と入る京都の情報を見ながら、赤松軍に京都に進軍させる。実は、赤松軍は、一番乗りだった。六波羅探題を最初に攻撃をし、足利尊氏と共に、六波羅軍を打ち破る。

この時の、赤松軍の戦い方は、型破りだった。いわゆるオーソドックスな戦い方ではなく、典型的なゲリラ手法。まず、正面から攻めず、後方の建物に火を放ち、混乱させておいてから、戦いの訓練など、あまりさせていない浮浪者や農民に武器を与えて、攻撃させた。

彼らは混乱の中で、本当の敵を見つけ出して攻撃したから、効率がいい。誰が民衆を苦しめてきたのかのかも、あぶりだしたのだった。円心は、野心はあったが、あくまで圧政に苦しむ庶民の味方でありたかった。その時、自らの志のために戦えたと充実感がいっぱいであった。

次回に続く。

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2012年9月17日 (月)

反逆の人~赤松円心 その二

円心は、20代も終わり頃、越後生まれの臨済宗の禅僧に擦れ違い様に出会う。そして、彼に言われる。「何という人相だ。そなたは必ず世に出て、人々の指導者になるだろう」と。その禅僧とは、その後も強い関わりを生み、指導を仰ぐようになった雪村友梅(せっそんゆうばい)だ。

話は少し脱線するが、昔、似たような話を聞いたことがある。ある人が街を歩いていると、占い師に呼び止められ、手を見せて欲しいという。「見料は払えないよ」と言うと、それでもいいというので、それならと手を見せると、「あなたの手相は大変珍しい。必ず出世される」と言われたそうだ。その後、その人は、裸一貫から、会社を立ち上げ、それなりに成功されたという。

さて、話を戻すと、雪村友梅について、少し記しておこう。彼は、若い頃、修行のために中国に渡る。多くの優れた禅僧に学ぶ。ただ、その時は元が支配していた。当時は、日本人留学僧は、間諜と考えられていたため、捕えられ、彼を庇った禅僧たちも、捕えられ殺されている。雪村友梅も当然、殺されそうになる。

ところが、元の兵がまさに刀を振り下ろそうとした時、彼は「臨剣頌(りんけんじゅ)」を唱えたところ、死刑は中止される。当時の支配者の中に、彼を殺すにはしのびないと思った人物がいたのだろう。「臨剣頌」の内容は、次のようになっている。

  乾坤無卓孤笻地

  只喜人空法亦空

  弥重大元三尺剣

  電光影裏析春風

一部、見慣れない字があるが、「笻」とは、竹でできた杖のこと。解釈は難しいが、次のように理解されている。「天地の間には、一本の竹でできた杖さえも、立てるところはない。ただ、喜ばしいことは、人は空であり、法も、また空であることを悟るだけである。貴重な元の兵の三尺の剣で、私の首を刎ねたところで、稲妻のような、ほんの瞬間に、春風を裂いたのと変わることはない」と。

よく、この詩は、無学祖元の詩として紹介されているが正しくはない。実際は、雪村友梅によるものなのだ。このような海外で修羅場を踏んできた禅僧に、「お前は出世する」と言われたものだから、円心にしてみると、嬉しくて仕方ない。若い時、年輩者の何気ない励ましは勇気になるものだということを示している。彼は、この言葉を受けて、志を深くする。

続く。

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2012年9月16日 (日)

反逆の人~赤松円心 その一

赤松円心(但し出家名。出家前は則村。1277~1350)と聞くと、中世に活躍した武将ということは知っているが、学生時代、日本史を専攻しなかったので、詳しく知らなかった。播磨の武将としては、有名なので、遅まきながら、彼についてまとめてみようと思う。

彼は、村上源氏の末裔だ。京都で官吏をしていた源季房が、政変に巻き込まれて、そのとばっちりで、播磨の佐用郡に流される。それから代を重ねて、上郡郡の赤松に移転する。その地の名を取って、「赤松」と名乗るようになった。

赤松円心は、『太平記』では、随分と悪者扱いだ。確かに、中央の者からすると、扱いにくい人物だったのだろう。円心は、源季房から数えて八代目らしいが、その時には、播磨に十分馴染んだ「悪党」になっていた可能性はある。

ただし、この「悪党」は現在の悪党の意味とは異なり、従来の武装勢力とは異なる勢力を指したものらしい。円心は、中央の人間にとって、扱いにくい人間だったことは確かだろう。彼は、平清盛の父、忠盛同様、山賊、川賊、盗賊、海賊、土民等に武器を与え、その使い方は、彼らに任せ、戦い方も従来とは異なる縦横無尽の、いわゆるゲリラ的な戦法で、敵を撃破した。

山賊、川賊、盗賊、海賊、土民等は、中央や荘園領主に収奪されたことから、それに抵抗して、自然発生的に生まれたものだ。円心は、彼らをまとめ上げて、そのドンになったわけだ。それゆえ、彼は中央から虐げられた庶民の心をよく分かっていた。

次回に続く。

*注記

この記事では、赤松円心をタイトルでは、「反逆の人」と捉えているが、念のために記すと、反骨精神が旺盛だったということと、それを実行した人という意味で使っている。

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2012年9月15日 (土)

なぜ中国は尖閣諸島(日本)を侵略しようとするのか

中国は、韓国を国際常識のない国と評するようだが、それは中国も同様だろう。国際法に照らして、何が正しいのか、しっかり知る必要がある。

中国が、尖閣諸島への侵略行動を続けている。日本の領土である尖閣諸島を領土問題化しようとする中国の外交は強かだ。他国の領土をいつの間にか、自国の領土と、すり替え、主張する。非常に狡猾な国だ。このようにして、いずれ中国は、他国の領土を駆け引きの手段に使うつもりなのだろう。

こういうことが日本人の中国に対する不信を増大させる。日本としては、きちんと実効支配を強めればいい。日本政府は、トラブルを避けるため、尖閣付近での漁業は抑制してきたし、尖閣諸島への上陸は許可していない。しかし、最早、その必要もあるまい。

一部の若い中国人の話を聞くと、尖閣問題は、日本をからかっているだけとの意見もある。中国も、かつて、尖閣諸島は日本の領土と認めていたのに、今になって、主張を変えるのは、自国の戦略変更もあるが、日本が、変な外交的配慮から、日本が領土をきちんと支配管理しないため(*注)、それならと略取しようとしているという。

大体、尖閣諸島付近に漁場があっても、中国本土からは遠すぎるし、また海底資源があるというのも、実際は、それほどでもなく、むしろコストの面では割に合わないことははっきりしている。中国の意図が漁業や資源でないとすれば、後は軍が考える防衛線の拡大ということになる。中国漁船がやってくるが、実は、軍の形を変えた先鋒隊だ。

中国は戦前、欧米列強や日本によって、侵略された苦い経験がある。それがトラウマになって、軍が防衛線を拡大しようとしているという見方もある。また別の見方では、中国国内の権力闘争の結果が、尖閣諸島をネタに使って、権力者が日本との距離をはかろうとしているらしい。

いずれの理由にせよ、いろんな手を使って、島を略取し、侵略をしようとするのかもしれないが、そんなことをすれば、いずれ日本によって、中国は、強いしっぺ返しを受けるだろう。果たして、中国の為政者に、その自覚があるのかどうか。

自国の防衛線の拡大により、他国に脅威を与えていては、自国の平和もままならないことがなぜ分らないのだろうか。それほどに、中国の指導者のレベルも落ちたということだろうか。これは国の統制が危ういということを物語っているのかもしれない。中国は、今後、大きな混乱に陥る可能性も否定できない。

*注

実効支配の強化のためには、日本国民の上陸許可、灯台等の建設、尖閣諸島周辺の海洋調査等をする必要がある。また尖閣諸島周辺は、自然環境もよく、環境保護する必要もある。海底地下資源の開発は制限されるべきだろう。それも実効支配の仕方の一つだ。

そのように日本が、きちんと実効支配してこそ、日米同盟が機能することを忘れてはならない。米国外交は、ご都合主義で、必ずしも彼らの力をあてにできないが、放置すれば、米国にも危機が及ぶことは間違いない。そのように考えると、中国とのトラブルを恐れる外務官僚の判断は甘い。

*追記

中国で対日暴動が起こっている。ただ、尖閣問題は、中国の一般庶民とは関係はない。彼らにすれば、どうでもいいことだろう。日々の生活の方が大事だろう。むしろ中国の庶民は政府を信用していない。

よって、暴動の背景は複雑だ。

 一、中国国内の景気悪化の影響

 二、表向き社会主義国でありながら、

    資本主義を導入したために起こった階層の二極化

 三、都市と地方の格差

 四、産業と学卒者のアンバランスから起る大量の大卒の未就業

  五、反日教育された若者世代の増加

       ( ただし、反日ではなく、愛国教育の結果だと彼らは指摘するが)

 六、教科書で、尖閣は中国の領土と誤った教育

 七、保守と革新の権力闘争

 八、政治世襲勢力による世の中の澱み

 九、地方政府の凄まじい汚職、共産党政権への不満

 十、共産党員の子息の過剰な優遇

 十一、言論の自由のない中国で、反日デモは唯一の不満の捌け口

 十二、略奪を目的とする黒社会の暗躍

等。

日本のマスコミは過剰反応しないことだ。政府は淡々と実効支配を処理すればいい。進出している企業は、進出先の各地域で、それぞれに今後をどうするか判断すればいい。テロ化したデモによる破壊活動で困るのは、一般の中国民衆だ。

今後も企業活動を継続するかは、中国民衆の判断で左右される。彼らに必要であれば残ればいいし、必要がなければ撤退すればいい。評価は彼らが下すだろう。そのように柔軟に対応すればいい。ただ、いずれにせよ、将来を見越すと撤退準備は必要だ。

また新たに中国に進出を考えている企業は、労働コストや見えないコスト等の問題もあり、今後、特に製造業は、あまりメリットはないから、他国への進出を考える方がいいだろう。また中国への金融投資は、政治リスクが大きすぎて、今後も投資の対象から外すべきだろう。

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2012年9月14日 (金)

軽減税率は脱税の温床

消費税の増税絡みで、未だに軽減税率の意見があるようだが、軽減税率は脱税の温床になることをご存じないのだろうか。

かつて物品税があった頃、同じような軽減税率(あるいは、ある条件下で非課税)があった。業者は税金逃れのために、いろんな理屈をつけて、彼らは節税と言っていたが、実質、脱税が横行していた。

軽減税率は、弱者のために有効と言われるが、これでは何のためにやっているのか分らない。軽減税率を適用している海外の例を見ても、非常に区分が、ややこしいし、笑えるようなものもある。そして、運用の仕方で、いくらでも脱税できるような気がする。

そうでなくても、飲食業界は脱税が多い。軽減税率は、それに輪をかけるようなもの。やはり軽減税率には無理があるのだろう。所得把握の問題があるが、給付付き税額控除が、現段階では、一番いいだろう(*注)。

*注

ただし、給付付き税額控除の導入は、消費税が20%を越えてからぐらいでよい。現段階では必要ないと思う。また、対象は現役世代に絞るべきだろう。

*平成25年11月29日追記

公明党が、相も変わらず、軽減税率の導入を主張するが、大体、この政党には、政策に対する背骨が弱い。単に支持者向けの目先の弱者救済の発想しかない。弱者救済の方法は色々あるし、既に政策として講じられている。屋上に屋を重ねる政策を主張する、この政党は信用できない。

*平成26年5月16日追記

未だ軽減税率の問題が上がっている。いい加減に、この論議は止めて、消費税アップ時の中低所得者の所得税減税を検討すべきだろう。

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2012年9月13日 (木)

物事には順序がある

大阪維新の会が、国政に進出するため、政党を設立したようだ。ただ、以前にも指摘したように、前のめりの政治は危うい。確かに、橋下氏の発言は聞いていて面白いし、庶民受けはするだろう。維新八策とかいう党の綱領も、それはそれなりに期待できるものかもしれんない。

ただし、国政の現実は違う。大体、大阪で、大した実績もなく、いきなり国政に行くのはどうかと思う。確かに国と地方のせめぎあいの中で、フラストレーションがたまるのは分る。しかし、それを動かすのも、政治家の手腕。それもできないで、国政に進出したところで、結局、何もできないだろう。

国政に出馬予定者のリストを見ても、政治経験に浅く、どれほど政治を理解しているか疑問が多い。橋下氏は確かに、近年、稀に見る強かさを備えた政治家ではあるが、彼一人で、政治を動かせるわけでもない。

となると、、次の選挙で議席を確保しても、大したことはできないだろう。急ぐ気持ちは分らぬでもないが、じっくり地方政治で実績を挙げてからでも、国政進出は遅くはなかったはず。現在は、政策の内容が見えないけれど、イメージで期待感が高まっているだけだ。いずれ、拙速な改革は、混乱を招き、今、支持している人々にも、同意は得られなくなるだろう。

今までも、国民は新党に甘い夢を見せられたが、結局は、皆、中途半端だった。実績が上がるより、政治は停滞したというのが実際だろう。今、国は、そんな余裕はないはず。それなら地方から、国を動かす努力をした方が効率的だが、橋下氏は、辛抱できなかったようだ。新党に過大な期待はできないだろう。

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2012年9月12日 (水)

経済紙の偏向報道

領土問題に対する、新聞各紙の報道の仕方は、それぞれ異なる。現象の裏にあるものをしっかり捉えている新聞紙もあれば、そうでない現象だけの報道もある。新聞報道各社のレベルは様々だ。その中で、流風が失望している新聞紙がある。

実は、基本的に新聞は定期購読しないで、様々な新聞をスポット買いするのだが、昨年末より、日本経済新聞を、定期購読している。一応、経済紙だが、最近は、一般紙化して、様々な記事を載せている。そのため、これは、という記事は、昔に比べて薄まっている感じだ。

記事は、一応、今でも経済紙の性格上、どうしても財界寄り、官僚寄りの記事になりがちだ。そのため、記事に客観性が薄れている。それは仕方のないことかもしれないが、財界、官僚の意向を汲んだ提灯持ちの記事が多い。

そこから何が起こるかと言えば、財界、官僚にとって都合のいい記事が蔓延る。彼らからすると気持ちのいいことかもしれないが、それは国政を誤らせかねない。原発報道、領土問題等も、凡そ正しい判断とは言えないことが極めて多い。

経済を優先するが故に、どうしても近視眼的な見方が増えるのだ。経済を優先するが故の、海外におもねるような記事が非常に多い。それはかつての政権を延々と誤らせてきたことにつながっている。

日本経済新聞も、最早、視点を変えなければ、本来の新聞紙の使命を果たせなくなるだろう。すなわち、世界主義では、国は守れないということだ。国家主義の行き過ぎは警戒しなければならないが、世界主義は、海外の謀略手段に使われることを忘れてはならない。

知識人ほど、世界主義の罠にはまりやすいが、報道機関は警戒しなければならない。日本経済新聞は、インテリの新聞かもしれないが、そこに問題が内包されている。流風は、今後も定期購読すべきか迷っている。

*追記

なお新聞ではないが、NHKも、一部、海外に配慮した、あるいは意識した報道が見られる。日本の動きに対する海外の反応を報道するのも、時には善し悪しである。

*追記

NHKの中国の尖閣諸島侵略についての報道は、明らかに読み違えている。特に中国担当は、何もわかっていない。記者のレベルの低さを感じる。

*追記

結論的には、国家主義と世界主義のバランスを取る必要があるということ。報道関係は、どちらに偏っても問題がある。

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2012年9月10日 (月)

三宅雪嶺のことば

9月に入り、今年も残すところ4ケ月弱。まだ4ケ月あるとみるか、もう4か月しかないとみるか。戦前の哲学者、三宅雪嶺は次のように語っている。

「何事も、前途を慮ると称すべきも、来年のことを言えば、鬼が笑うとは、一分の理なきに非ず。いかに将来を憂えたりとて、それだけ良果を得べきやは疑わし。ただ、平素為し得る限りを為し、いよいよの場合に臨みて、また為し得る限りを為せば可」と。

人間、時間があると、いろいろ考える。そこから迷いが生ずる。だが、やるべきことをやっておれば、何も恐れることはないと、言っているようだ。誰もが励まされる言葉です。

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2012年9月 9日 (日)

日本外交の根本的立て直しの必要性

戦後、焼け野原から復興を急ぐため、吉田茂首相が、外交防衛より、経済を優先したことは、確かに、復興のためにはよかったことだろう。ただ、その復興もすでに終えているのに、いつまでも日米安保条約に乗っかり、外交・防衛の主体性が国家に欠けていることは憂慮すべきことだろう。

確かに、アジア各国に戦争中、多大な迷惑をかけたことから、外交が弱気だったことは理解できる。しかし、今は、戦後当時とは異なり、かつて途上国だった国が経済発展と共に、拡張思考を強めていることには警戒が必要だ。特に、領土問題はきちんと主張しなければならないし、その他の問題でも、遠慮くなく、自国の主張をすべきだ。

意外なことだけれど、小泉元首相は、中国に評価されている。喧嘩を恐れず、自国の主張を通したからだ。それに比べて、ほとんどの政権は、外務省におんぶにだっこのだらしないお嬢様外交を続けている。金持喧嘩せずという言葉があるが、外交はそれでは駄目である。

外務官僚は、外交の手法を見直すべきだろう。仲好し外交がいつも有効とは限らない。時には、喧嘩も必要だ。ところが外務省は、常に喧嘩を避けているように思う。これは外務官僚がお坊ちゃんなのだろう。それは政治家も同様だ。

負けるが勝ちとすぐ逃げようとする。問題を曖昧にして解決を先延ばしする。これでは問題の根本的解決はいつまでもされず、相手国に付け込まれるだけである。凡そ、日本の外交は、政治家が、一時を除いて、外交をリードしていなかったため、官僚依存が、日本の外交を誤らせている(*注)。

また外務省は、戦前、戦中、戦後とわたって、海外の情報分析に失敗している。それは官僚組織にも問題が多い。海外のノンキャリアの情報をキャリア組が、きちんと理解していないケースは目立つ。頭だけで考える外交は失敗の素なのである。

戦前であれば、いわゆる参謀本部と言われるキャリアが、ノンキャリアより提供された都合の悪い情報は、消し去り、自己の思い入れによる甘い分析をして、国をミスリードしている。自分がエリートだと勘違いすると、本当の情報が見えなくなる。怖いことだ。それを改善するには、海外のノンキャリア情報が、政治トップ層に二つの経路で発信される仕組みにする必要があるだろう。

以前にも外務省改革が叫ばれたが、プライドの高い外務省のキャリアの強い抵抗で頓挫した。もちろん、外務省の官僚だけが悪いのではない。政治の外交無関心が日本の危機を生んでいることは確かだ。なぜなら、外交は票にならないからだ。

しかしながら、領土問題により、国民も目覚め、外交の重要性を再認識した今、外交システムの抜本的改革が求められる。そのためには、政治が外交の基本的指針を発信し、外務省も、外交手法を過去に捉われることなく、新たな外交にするべく努力すべきだ。

*注

但し、残念ながら、自民党政権の時は、派閥政治が横行し、政治家による外交のミスリードがあったことは残念だ。よって、政治家の資質によっては、国家主義に基づくものではなく、単に民間の感覚で、政治家が外交リードをすると、失敗する場合もある。概して、党人派という人々が、勝手な判断をして失敗していることを忘れてはならない。

*追記

また外交は政権に関係なく、継続性が大事なのは言うまでもない。また、外交を安定させるためには、政権の安定がまず必要で、また外務大臣を政権ごとに、ころころ変更すべきではない。海外との信頼関係を維持するには、外務大臣の継続任用が必要だ。

任用資格はとしては、基本は国家主義者で、世界主義も、ある程度理解している者が望ましい。その適任者は与野党を問わず、広く人選し、元首相でもいいと思う。いずれにせよ、海千山千の諸外国と、丁々発止の外交ができることが望ましい。首相級の人が外相になるべきだろう。誰かと問われれば、ここでは具体的氏名を挙げるのは止めておく。

また防衛省の大臣の人選、海上保安庁を管轄する国土交通省の大臣の人選、海上保安庁長官の人選も極めて大切であることを付記しておく。

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2012年9月 8日 (土)

老後のコスト

企業に勤めていた頃、人事関係の人が、「私達は年金のために働いている」という風なことを言っていた。当時は、そんなものかなあと思っていたが、今から考えると、その指摘は当たっているだろう。

企業に勤めていると、厚生年金の受給資格が与えられるが、保険料が企業と折半なので、働いている者にすれば、負担は小さくて、将来、受け取る年金は大きいメリットずある。ただ、流風のように中途退社すると、受け取る金額は、わずかなものになってしまう。基本的に勤めあげた者に対して優遇処置が取られる(最低でも20年以上)。

さて、流風も段々、老後に迫っている。老後を何歳から考えるのかと言われると、今は60歳では早いと言う人もいる。それは個人差があろう。ただ、健康そうに見えても、残念ながら肉体は確実に衰えている。寿命とは残酷だ。

それでは、老後の資金は、どれくらい必要なのだろうか。銀行のパンフレット等を読むと、老後の最低の日常生活費は、夫婦で月23.2万円だそうだ(平成19年調査)。それに平均余命を23年とすれば、6,403万円必要としている。だから、もっと余裕のある生活を送ろうとすれば、もっと必要で1億円ぐらい必要(夫婦で月36.6万円)としている。

それに対応する資金を年金、預貯金で、どうカバーしていくかが問われている。この金額は、尤もな金額だと思うが、自宅がある場合だろうか。賃貸の場合は、地方の安い賃貸に住まないと厳しいのではないか。老後、この金額では、高い賃貸に住むのは、難しいだろう。

若い時から、あまり先々のことは心配しても仕方ない面もあるが、ざっくりとした資金計画は組んでおいた方が賢明だろう。そして、社会保障体制の揺らぎが感じられる今日、自己防衛としては、公的年金以外に、貯蓄と自分年金(個人年金保険)への取り組みも、避けられないと思う(*注)。

*注

現在は大企業に勤めていても安心はできない。大手の電機会社のリストラ計画を見ると、その規模は大きく、人生計画が狂ってくる人も多いだろう。公務員も、今後は安心できる職種ではない。よって、基本的には、基礎年金のみ受給できると計算し、厚生年金は減額されるとして資金計画を組んでいた方が賢明だ。

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2012年9月 7日 (金)

地方都市の未来 その二

一般に地方都市と言ってもいろいろある。大きく分ければ二つだろうか。一つが大都市圏で、衛星都市になっている地方都市。もう一つは、自己の地方圏を形成している地方都市だ。これらの地方都市の内容、雰囲気は自ずと異なる。だから、それらを一緒くたにして、地方都市の未来を議論しても、問題があるかもしれない。

まず、今回は、大都市圏で衛星都市になっている地方都市を見てみよう。ただ、この地方都市も、二つの類型がある。一つは、歴史のある古い地方都市、もう一つは新たに開発された新興の地方都市だ。

これらが何が違うかと言えば、まず住民のタイプだろう。もちろん、どちらにも都心部から新しい住民を受け入れているわけだが、既に町の文化がある地方都市と、そうでない地方都市は雰囲気は大きく異なる。さらに見ていくと、資産内容や所得も大きく異なるようだ。しかしながら、細かく分析しすぎると、段々見えなくなる。大体、大まかには、これくらいの分け方で好いだろう。

今後の、これらの地方都市の危機は、人口の減少だろう。大都市の人口が拡大している時は、ドーナツ型に人口は拡散していった。今後は、大都市圏も人口は増えていかない可能性の方が高い。それに伴い、地方都市の人口増加率も落ちる。

更に、現在は、多くの人々は、地価が安定しているので、大都市を嗜好する傾向が強い。その他にも、いろんな原因があるだろうが、基本的には利便性ということかもしれない。仕事を持っている人は職場に近いことを優先する。昔のように、地方都市に住んで、通勤に時間がかかるのを嫌がる傾向がある。働く女性が増えたことも強く影響しているかもしれない。

ただ、別の傾向としては、勤務地の分散が可能な職種の発生であろう。特にソフト的な職種では、最近のネット環境からして、大都市に必ずしも勤務する必要はない。その時、彼らが選択する地方都市とは、いかなる所だろうか。彼らに魅力的な街づくりが求められる。基本的には、頭を使う仕事は、自然の中でリフレッシュ空間が望ましい。地方都市の持てる資源を活かして、街づくりに取り組んで欲しいものだ。

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2012年9月 6日 (木)

破滅させるもの

このブログで度々取り上げている大原幽学は、破滅する九要因を述べている。多少の流風の独断の解説を付けておこう。

一、慢心

現状に満足してしまって、自己改革を怠るタイプ。相手を過小評価し、自分の能力を過大に評価することも、その一つだ。努力前進することを忘れては明日はない。

二、吝嗇

以前にも述べたように、ケチと吝嗇は異なる。ケチは、日々の節約を心掛けて、いざという時には、きちんとお金を使う。吝嗇は、目的もないのに、やたら他者に、お金にうるさくて、ただただお金だけを貯め込むことを喜びとするタイプ。

三、色欲

説明も必要ないだろうが、自分の心を失うほどに色恋にうつつを抜かすタイプ。自分があって、初めて相手も存在することを忘れてはならない。

四、飲酒

深酒により、自分を失い、多くの過ちを生むタイプ。酒で心の平安を保つことは不可能に近い。酒で乱れた心では、いずれ健康も失う。

五、疑惑

何でもかんでも、他者を疑惑の目で見て、他人の情は得られないタイプ。いずれ誰も近寄ってこなくなる。

六、負吝

最近は聞きなれない言葉だが、要するにマイナス思考。悪いことばかり考えて、行動を起こせないタイプ。暗い人柄になり、人々から敬遠される。

七、愛溺

一方的に惚れること。相手のことを慮らず、自分の一方的な好意を押し付け、相手が意のままにならなければ、怒ったり、どなったりする。そして、自己嫌悪に陥るタイプ。

八、薄情

人情に薄く、他人の心を思いやる心が不足しているタイプ。苦労を経験したことのない人に多い傾向。

九、浮気

単なる男女関係における浮気だけを指すのではない。世の中のいろんなものに次々と関心を示し、流行に追われ、結局、得るものがないという現代に多いタイプ。

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2012年9月 5日 (水)

基本的な対話の手法

日本において、営業をはじめ、他人の話を聞く時の姿勢は、大体、次のようであろうか。

一、まず話すより相手の話に耳を傾ける。そして、最後まで聞く習慣。途中で疑問に感じても遮らない。

二、最初から結論を言わないこと。相手に気付かせることの方が効果が大きい。

三、自分の意見は、沈みこませるような配慮。強すぎる主張は控える。強すぎる主張は、たとえ、その意見が正しくても、反発を招く可能性が高い。

四、相手が聞く態勢になってから、理路整然とした話をすると受け入れられやすい。

五、ある程度の年齢以上は、文書に基づきながら、納得の理解程度を確認しながら、話をすすめる。単に話すだけなら雑談になってしまうことが多い。全てがすべて無駄ではないが。

六、いくら相手が聞いていてくれるからといって、調子に乗って話し過ぎてはならない。その多くは聞き流される。また疑義を持たれる可能性がある。

七、ギブアンドテイクの精神で、上下関係はないものとして話す。年下でも、程度が過ぎると、上から目線の話し方は敬遠される。年上でも、あまり遠慮すると、対話の目的は達成されない。

八、人には、それぞれ基本的な自分の考え方がある。それを自分の考えで、ごり押ししてはならない。待つことは大切だ。

九、相手が本題と異なる、触れられたくない事項については、相手が話さない限り、触れない。

十、誠意ある姿勢を見せること。

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2012年9月 4日 (火)

嫉妬の善し悪し

一般に嫉妬は女性の専売特許と思われているが、もちろん、男も嫉妬する。それは大概、出世競争のことが多い。よくあるのが、「なぜ、あいつが昇進して、おれは駄目なのか。おかしいではないか」という類。

ただ、この嫉妬心は、ライバル心が芽生え、競争を生む。ここに切磋琢磨する可能性がある。よく人材は、ライバルがあって成長するというように、適度な嫉妬は、望ましい。仮に、誰にも嫉妬しない人物がいれば、それは問題だろう。修行者でもない限り、それは望ましくない。

もちろん、よほど人物ができた大物にはありうるのかもしれないが、流風は、そのような人物は、どうも胡散臭いと思う。あるいは、競争をあきらめ、人生を投げ出した者かもしれない。

しかしながら、嫉妬も行き過ぎると、弊害になる。その辺のバランスは大変難しい。多くの人は、その辺で、頭を打ちながら、少しの諦めも含めて妥協していくのかもしれない。

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2012年9月 3日 (月)

漢詩『無題』に共感

今朝は涼しいです。深夜、思わず、肌掛け布団を引き寄せました。そろそろ秋かな。日中はまだ暑いそうだが。

さて、今回は久しぶりに漢詩を取り上げる。作者は、僧凌原。ただ、どういう人だったかは伝わっていない。漢詩に題はなく、『無題』。内容的には共感できるので、記してみる。

  忙裏に閑を偸(ぬす)めども

  未だ間を得ず

  書を買う 幾帙 

  曾(かつ)て看ず

  旋(けっく)で月地を鋤きて

  蘭種を移し

  又、工夫を費やして

  矮蘭を縛る

独断で解釈すれば、「忙しい中、閑を見つけ出そうとするが、なかなか時間を見つけ出すことはできない。そういうことで、いろんな書籍を買うのだが、読めていない。ところが、月光に照らされた土地を鋤き返し、実生から育てた蘭を植え替えたり、また、暇つぶしに、低い欄干を作ったりしている」という感じ。

時間はありそうなのに、いつの間にか時は過ぎ、時間はなくなる。結局、この夏は、暑さで、買った本も、たくさんツンドク状態にある。クーラーをつければ、多少はかどるが、それも限界。

暑い中、気分転換に、庭の手入れをやる。枝切り、草抜き。さすがに蘭は栽培していない。日陰に親が植え残した一種類の蘭らしきものがあり、毎年、花を咲かせるが、何も手を加えない。

そういうことで、月下にガーデニングはしないけれど、どこか共感できるものがある。そして、閑居して、こういう淡々とした生活が多分、本当は幸せなのだろう。

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2012年9月 2日 (日)

自利を得るには

二宮尊徳が、家を新築し、ちょうど時期になっていたので、畑を耕そうとしたら、鍬(くわ)が壊れていた。これは困ったことだと、高齢の隣家に借りに行くと、「これから畑を耕し、種を蒔く時期なので、この作業が終わらないと貸すことはできない」という。尤もなことだ。

しかし、作業が終わってから借りても、時間的に間に合わない。そこで、尊徳は考えた。ちょうど、暇はあるし、「それでは、私が代りに耕し、種も蒔いて上げます。その後で貸してください」と。そうすると、隣人は喜び、それではお願いすると言ってきた。

尊徳は、そのようにして、鍬を借りて、無事農作業を終えることができたという。結果的に、隣人も喜び、我も十分な成果を得ることができた。労を惜しまなければ、この世の中、うまく回ると彼は言う。

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2012年9月 1日 (土)

愉快、不愉快

いろいろ生活していると、愉快なことも、不愉快なことも当然生じてくる。ただ、この愉快、不愉快は、心の持ちようで起る。つまり、こちらが常に明るい気持ちを持てば、自然と周囲は明るく見えてくる。人間の心とは不思議なものだ。それは余裕と言い換えることができるかもしれない。

笑って過ごすも一生、泣いて過ごすも一生、とよく言われる。だから、不愉快と思って過ごしても仕方ない。それは気分を害して、健康にも悪い。また、悲観論者は、どこかの経済紙のように、どうしても、将来を不安視するが、あまり先の先まで心配しても、仕方ない。そんなことを続ければ、人間、暗くなる。

日々努力して、やり遂げれば、後はなるようになると考えた方がいい。いつも、愉快、愉快と思いたいものだ。自戒をこめて(笑)。

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