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2012年9月16日 (日)

反逆の人~赤松円心 その一

赤松円心(但し出家名。出家前は則村。1277~1350)と聞くと、中世に活躍した武将ということは知っているが、学生時代、日本史を専攻しなかったので、詳しく知らなかった。播磨の武将としては、有名なので、遅まきながら、彼についてまとめてみようと思う。

彼は、村上源氏の末裔だ。京都で官吏をしていた源季房が、政変に巻き込まれて、そのとばっちりで、播磨の佐用郡に流される。それから代を重ねて、上郡郡の赤松に移転する。その地の名を取って、「赤松」と名乗るようになった。

赤松円心は、『太平記』では、随分と悪者扱いだ。確かに、中央の者からすると、扱いにくい人物だったのだろう。円心は、源季房から数えて八代目らしいが、その時には、播磨に十分馴染んだ「悪党」になっていた可能性はある。

ただし、この「悪党」は現在の悪党の意味とは異なり、従来の武装勢力とは異なる勢力を指したものらしい。円心は、中央の人間にとって、扱いにくい人間だったことは確かだろう。彼は、平清盛の父、忠盛同様、山賊、川賊、盗賊、海賊、土民等に武器を与え、その使い方は、彼らに任せ、戦い方も従来とは異なる縦横無尽の、いわゆるゲリラ的な戦法で、敵を撃破した。

山賊、川賊、盗賊、海賊、土民等は、中央や荘園領主に収奪されたことから、それに抵抗して、自然発生的に生まれたものだ。円心は、彼らをまとめ上げて、そのドンになったわけだ。それゆえ、彼は中央から虐げられた庶民の心をよく分かっていた。

次回に続く。

*注記

この記事では、赤松円心をタイトルでは、「反逆の人」と捉えているが、念のために記すと、反骨精神が旺盛だったということと、それを実行した人という意味で使っている。

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