« 老後のコスト | トップページ | 三宅雪嶺のことば »

2012年9月 9日 (日)

日本外交の根本的立て直しの必要性

戦後、焼け野原から復興を急ぐため、吉田茂首相が、外交防衛より、経済を優先したことは、確かに、復興のためにはよかったことだろう。ただ、その復興もすでに終えているのに、いつまでも日米安保条約に乗っかり、外交・防衛の主体性が国家に欠けていることは憂慮すべきことだろう。

確かに、アジア各国に戦争中、多大な迷惑をかけたことから、外交が弱気だったことは理解できる。しかし、今は、戦後当時とは異なり、かつて途上国だった国が経済発展と共に、拡張思考を強めていることには警戒が必要だ。特に、領土問題はきちんと主張しなければならないし、その他の問題でも、遠慮くなく、自国の主張をすべきだ。

意外なことだけれど、小泉元首相は、中国に評価されている。喧嘩を恐れず、自国の主張を通したからだ。それに比べて、ほとんどの政権は、外務省におんぶにだっこのだらしないお嬢様外交を続けている。金持喧嘩せずという言葉があるが、外交はそれでは駄目である。

外務官僚は、外交の手法を見直すべきだろう。仲好し外交がいつも有効とは限らない。時には、喧嘩も必要だ。ところが外務省は、常に喧嘩を避けているように思う。これは外務官僚がお坊ちゃんなのだろう。それは政治家も同様だ。

負けるが勝ちとすぐ逃げようとする。問題を曖昧にして解決を先延ばしする。これでは問題の根本的解決はいつまでもされず、相手国に付け込まれるだけである。凡そ、日本の外交は、政治家が、一時を除いて、外交をリードしていなかったため、官僚依存が、日本の外交を誤らせている(*注)。

また外務省は、戦前、戦中、戦後とわたって、海外の情報分析に失敗している。それは官僚組織にも問題が多い。海外のノンキャリアの情報をキャリア組が、きちんと理解していないケースは目立つ。頭だけで考える外交は失敗の素なのである。

戦前であれば、いわゆる参謀本部と言われるキャリアが、ノンキャリアより提供された都合の悪い情報は、消し去り、自己の思い入れによる甘い分析をして、国をミスリードしている。自分がエリートだと勘違いすると、本当の情報が見えなくなる。怖いことだ。それを改善するには、海外のノンキャリア情報が、政治トップ層に二つの経路で発信される仕組みにする必要があるだろう。

以前にも外務省改革が叫ばれたが、プライドの高い外務省のキャリアの強い抵抗で頓挫した。もちろん、外務省の官僚だけが悪いのではない。政治の外交無関心が日本の危機を生んでいることは確かだ。なぜなら、外交は票にならないからだ。

しかしながら、領土問題により、国民も目覚め、外交の重要性を再認識した今、外交システムの抜本的改革が求められる。そのためには、政治が外交の基本的指針を発信し、外務省も、外交手法を過去に捉われることなく、新たな外交にするべく努力すべきだ。

*注

但し、残念ながら、自民党政権の時は、派閥政治が横行し、政治家による外交のミスリードがあったことは残念だ。よって、政治家の資質によっては、国家主義に基づくものではなく、単に民間の感覚で、政治家が外交リードをすると、失敗する場合もある。概して、党人派という人々が、勝手な判断をして失敗していることを忘れてはならない。

*追記

また外交は政権に関係なく、継続性が大事なのは言うまでもない。また、外交を安定させるためには、政権の安定がまず必要で、また外務大臣を政権ごとに、ころころ変更すべきではない。海外との信頼関係を維持するには、外務大臣の継続任用が必要だ。

任用資格はとしては、基本は国家主義者で、世界主義も、ある程度理解している者が望ましい。その適任者は与野党を問わず、広く人選し、元首相でもいいと思う。いずれにせよ、海千山千の諸外国と、丁々発止の外交ができることが望ましい。首相級の人が外相になるべきだろう。誰かと問われれば、ここでは具体的氏名を挙げるのは止めておく。

また防衛省の大臣の人選、海上保安庁を管轄する国土交通省の大臣の人選、海上保安庁長官の人選も極めて大切であることを付記しておく。

|

« 老後のコスト | トップページ | 三宅雪嶺のことば »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 老後のコスト | トップページ | 三宅雪嶺のことば »