« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月31日 (水)

凄まじい中国高官の腐敗

生前、父は「中国は、21世紀中に、自分は確認できないが、今後二、三回大きな動きがあるだろう」と常々言っていた。どうも、父の予感は当たりそうである。報道(ニューヨーク・タイムズ)によると、温家宝首相一族は、彼が副首相になって以来、巨額の蓄財をしていたようだ。中国は、そもそも賄賂の横行している国であることは、共産党以前から続く伝統である。

それにしても、権力は腐敗するとは言え、その巨額さには驚かされる。一体、どこが共産主義なのか。トップ層が、利権を食いものにしている。共産党というのは看板だけのようだ。別に温家宝だけでなく、次の主席と言われる、習近平氏一族も、すでに巨額の蓄財をしているようである。そのような実態を知らない中国一般民衆は可哀想だと思う。

温家宝首相一族は、母親名義で1憶2000万ドル保有している平安保険関係の他に、北京の別荘開発プロジェクト関係、中国北部のタイヤ工場関係、北京オリンピックの施設建築した企業関係とかあり、彼の弟関係では、大都市の下水処理、医療廃棄物に絡む政府との契約や補助金で、複数の会社名義で2憶ドルの資産を保有しているらしい。そういうことも含めて、実に総額27億ドル以上も蓄財しているという。まるで、やりたい放題だ。

中国国民は昔から、国を信用せず、一族を信用すると言われている。それが高官に蓄財に走らせているのだろうか。権力など、あてにならぬと考えているのかもしれない。いつ政権は倒されるかわからないと。いざとなったら、海外に逃亡し、悠々自適の生活を送るための資金集めということだろうか。不幸な国だ。日本の領土である尖閣諸島への侵略行為も国民の目をそらすためのものだろう。

だが、偉そうなことを言う高官に、中国民衆は、いつまで黙って耐えるのだろうか。こんな状態が続くなら、すでに暴動は各地で起きているようだから、いつクーデターが起こっても不思議ではない。中国は危うい。日本企業関係者は、巻き込まれないように、早く撤退すべきだ。何かが起るのは、そう遠いことではないだろう。市場が大きいからと言って、呑気に、中国ビジネスに執着すべきではない。

*追記

別の報道によると、中国共産党崩壊のための手立てとして、米国が用意していることは次のことだと噂が流れている。まあ、これは事実かどうかわからないが、インテリジェンスの発達した米国では、米中関係が悪化した場合は、ありうることだと思う。

一、中国の政府高官が所有する海外の銀行口座の残高を発表し、凍結する。

二、米国のパスポートを持つ中国人官僚の名簿を公表する。

三、米国に住んでいる中国人高官の家族の名簿を公表する。

四、ロサンゼルスにある「妾村」を一掃する。

五、米国在住の中国人高官の家族をグアンタナモ刑務所に収容する。

六、中国国内失業者など不満分子に武器を提供する。

これを裏返せば、日本の政治家も、スキャンダルを全て米国に握られているということだ。今までも、日本の政治家も、米国の都合で、度々失脚させられてきた。中国の政治家も、その範疇にあるのだろう。彼らはそのチャンスをいつかいつかと見守っている。

| | コメント (0)

2012年10月30日 (火)

もうすぐ『姫路全国陶器市』

今年初めに、母が気に入っていた花瓶を私の不注意から割ってしまったことは、以前、ブログに記した。その後、百貨店や専門店に、それに代わる花瓶を探しに行くのだが、あまり気に入った物は残念ながら見つかっていない。世の中、有りそうで、なかなかないものだ。

さて、2012年11月1日(木)より、表題の『第25回姫路全国陶器市』(11月5日まで。姫路大手前公園にて)が始まる。全国の33の産地から集まり展示即売される。毎年、見に行くが、家には、改めて追加で買う必要はないので、あまり買うことはないので、冷やかしのみで、いつもは終わっている。確かに、毎年、流風の不手際で、毎年、二、三枚の皿や容器を割ったりする。でも、在庫があるので、買う必要はない。

しかしながら、今年は少し事情が違う。真剣に探してみようかなと思う。確かに、花瓶は他にもあるので、特になくても不自由はしないのだが、少しボリュームのある花瓶が少ない。壊した花瓶は、少し派手な花柄で、活けた花より、目立つものだったので、牡丹などを活けていた。他の花瓶に、牡丹を活けると、どうもバランスが悪くなる。そういうことで、新しい花瓶が欲しい。今回は、いいものが見つかったから、予算に合えば買おうと思っている。

*2014年10月22日追記

2014年は、10月31日より始まる。11月4日まで。なお、『姫路菓子まつり』も同じ日程だ。今年は、特に買いたいものはないが、一応行くつもり。

*2015年10月27日追記

2015年は、10月30日より11月3日まで。他の催しも同じ。

| | コメント (0)

『第1回姫路まちなかバル』について

姫路市中心市街地で、『第1回姫路まちなかバル』が平成24年11月16日(金)に1日限りだが開催される。パルとは、スペイン語で「居酒屋、食堂、社交場」を指すらしい。飲食店街の活性化の試みだろう。主催は、姫路商工会議所だ。

81店舗の店によって行われる。パルチケットが5枚綴りで3500円。但し、前売り3000円。内容は、チケット1枚で、バル専用の料理を提供する。パターンとしては軽食に飲み物一杯が付くのが多いようだ。軽く一杯やりながら、店を探索するのも悪くない。

参加店舗のリストを見てみると、店の中には、常々利用している店もあるが、大半は、名前は知っているけれど、入ったことのない店や全く知らない店だ。こういう試みで、認知度を上げるのはいいことかもしれない。飲食店は、入店経験が大切だ。内容が、よければ、2度3度利用する可能性がある。今後も定期的に催されるようだ。

なおチケットで余った分は、11月17日から25日まで、各店舗で金券として利用できる。

*参考 姫路まちなかバル

前売り券は、姫路商工会議所(平日のみ)、まちづくりステーション「街の駅」(二階町商店街内・火曜日休み)で販売されている。当日券は、パルインフォメーション(姫路OS前)で11時から18時まで販売される。また上記ホームページよりインターネット予約も可能。

*追記

なお、飲食だけなら、別の催しがある。『姫路おもてなしご膳』というもので、姫路の豊かな旬の食材に、こだわった味自慢の店による、一律1500円の料理を出すものだ。姫路市内中央部にある20の飲食店が参加している。マップは、JR姫路構内にある姫路観光案内所で入手できる。それには料理内容も紹介してあるので、そこから気に入った店に寄ってみるのもいいだろう。期間は、すでに10月27日にスタートしており、12月24日まで。

*追記

なお、明石市でも同様の催しがある。明石市の方は今回で3回目。『第3回 明石まちなバル』と銘打ち、11月9日(金)、10日(土)の両日開催される。前売り券は、姫路同様、5枚綴りで3000円。

*平成25年10月2日追記

今日が第2回姫路まちなかバルだということを失念していて、今回は参加が出来なかった。街を歩いていて、若い女性たちが、携帯ではなく、以前見かけたことのあるパンフレットを見ながら歩いていて、それが目に入り気づいた次第。少し残念。

| | コメント (0)

2012年10月29日 (月)

『ひめじ国際交流フェスティバル』に行く

昨日、2012年10月28日に、姫路の大手前公園で、『第17回ひめじ国際交流フェスティバル』が開催されていたので、行ってきた。午前中、激しい雨で、開催が危ぶまれたが、昼ごろから雨が止み、行ってみると多くの人が集まっていた。

会場は、「多文化共生ひろば」、「世界の遊び」、「世界の料理」、「姫路発信ゾーン」、「異文化体験」、「ステージパフォーマンス」等のコーナー分れていた。いつも見る風景である。学生や高齢者の方が中心になって、運営されている。

こうして見ると、姫路にも、いろんな国の人が住んでいるのだなと思う。確かに、近所には国際結婚のカップルがいるし、最早、当たり前の姿なのかもしれない。それでも、世界の多くの国があり、その多くは日本人に知られていないだろう。

こういう催しも、そういう意味では悪くない。当日は、安い料金(一食150円。但し、料理の販売という扱いではない)で、各国の料理を味わった。あまり知らない国の料理を味わえたのはよかったと思う。

ただ、各国の紹介パンフレットは、あまり置かれていなかったし、旅行案内のパンフレットもなかった。もっと旅行業者とのタイアップが必要ではないかと思う。観光案内と催しをドッキングしてもいいと思う。

*追記

2015年の『ひめじ国際交流フェスティバル』の予定は、10月25日(日)。時間が許せば、寄ってみようと思う。

| | コメント (0)

2012年10月28日 (日)

制度改革と目薬

国に限らず、企業も制度改革に迫られることがある。ただ、この制度改革、一遍には進まない。結果を急ぎ過ぎると必ず失敗する。じっくり、じんわりと改革を進めていくことが成功の秘訣だ。ともすると、改革担当者は結果を急ぎ過ぎるが、腰を据えて、辛抱強く進めていくことが大切だ。

これは目薬をさし過ぎると、多くが流れていくようなものである。やはり適量を眼にさし、効能はじわじわと期待するしかないのだ。多くをさし過ぎると、多くは無駄になり、経済的にも効率が悪い。毎日、少しずつがいいのだ。制度改革も、人々の意識は少しずつ変わるので、それに合わせるようにすることが大切だ。

| | コメント (0)

2012年10月27日 (土)

未得の金

未得の金という言葉がある。昔は「未得の銭」と呼んでいたようだ。これは現代の言葉で言えば、未実現利益だろうか。要するに、今、手にしていない利益のことだ。商売は差益だが、見込みで利益を計上しても、実現するとは限らない。

例えば、何かに投資して、相場が上がって、値上がりしても、売らなければ、手元にお金は返ってこない。それなのに、上がって売りもせず喜んでいる人たちがいる。相場は上がったり下がったりする。下がれば、元も子もなくなる可能性がある。

手にしていない利益ほど危ういものはない。これは相場に限らず、セールスが上司に見込みを言っても、それが達成されなければ評価されないだろう。見込みを達成してこそ、評価の対象になる(*注)。ビジネスは結果がすべてとは、かつての上司に言われたことだが、その通りだと思う。取らぬ狸の皮算用にならないようにしたいものだ。

*注

なお、念のために記せば、現代、売るのもなかなか大変だけれど、売るのは簡単という人もいる。商売の場合は、集金が完了して、初めて一つの商いが完了する。手形での集金の場合は、手形が落ちて初めて商売が完了する。

| | コメント (0)

2012年10月26日 (金)

ツギの当った着物

先日、ズボンのボタンが外れ、取り付けようとしても、なかなかうまく行かなかった。不器用な流風は、いつも、こういうことに困る。こういう時は、誰か繕ってくれる女性がいればとも思う。でも、最近の女性は、できない人も多いらしい。

昔の女性は、繕いができることが常識であった。母も、着物は、何回もほどいて、洗濯して縫い直していたし、破れた箇所は布を当てて修繕していた。流風も、子供の頃、時々、新しい服が母によって作られたが、破れたりすると、ツギ当てがいっぱいの服を着ていた。最近の人のように、古いものは捨て、次から次へと新しい服を買い与えられることはなかった。

昔は、三十三か所のツギが当っている着物は、魔除けになると言われたものだ。それほど、物を大事に扱った。現代は自分で修繕できない物も多く、止むなく処分せざる得ないが、できるだけ長く使いたいものだ。

*追記

先日、テレビを見ていたら、定年退職者による、おもちゃの修理ボランティアが紹介されていた。壊れたおもちゃが修理されて、子供さんは皆、満面の笑みだ。こういう試みは微笑ましい。

| | コメント (0)

2012年10月25日 (木)

当面、日米はTPPに不参加を

日本のお荷物になりつつある財界(特に日本経団連)は、ご執心のようだが、当面、日本のTPP参加はいらないように思う。一部識者が指摘するように、FTAもTPPは、本来、インフレ対策だ。今の日本は、デフレだから、FTAもTPPに参加すれば、更にデフレが加速すると考えられる。内需への影響を無視して、海外市場ばかり見ていると、全体を見失う。

日米同盟の関係上、日本はTPPに参加せざるを得ない見方もある(流風も、そう思ってきた)が、本来、米国にとっても、日本にとっても、そんなにメリットのあることではないようだ。日本とか米国は、むしろ外部からオブザーバーか、アドバイザーとして参加した方がいいだろう。

環太平洋圏で、民主主義国の中進国や途上国を、経済の発展度合いを見定めながら、一定のグループをいくつか作り、域内市場開放システムを作らせ、日米は、徐々に、それに関与していく程度のやり方が望ましいと思う。いきなり、米国や日本が参加すると、結局、それは彼らの国情を危うくしかねない。

そして、関係諸国との関係を悪化させかねない。それは米韓FTA締結で、米国の意図かどうかはわからないが、韓国が米国に食い荒らされ、最終的には、韓国の米国属国化を推進させる可能性が高い。それは結果的に、韓国を弱体化をさせかねない懸念が浮上している。それでは民主主義国家圏で、何をやっているのかわからない。それは米国をも弱体化させる。それは中国の思うツボだろう(*注)。

それぞれの国には、それぞれの文化があり、それを強引に、同じにすることには無理がある。経済の市場条件を同一にするというのは危うい米国の哲学だ。違う文化の下で、切磋琢磨するのが望ましい。大国が、それをごり押しすれば、関係は破綻しかねない。米国は、極めて危ない橋を渡っていることに気づかねばならないだろう。

つまり市場の共通化は、諸国家の意識が共通になった時に進める漸進主義でなくてはならない。人々の意識は、ゆっくり転換する。それを弁えないと、うまくいかない。そのためには、当面、日米はTPPに参加しない方がいいだろう。

日米は、オブサーバーかアドバイザーでよい。日米の参加は、あまり急いではならないと思う。拙速に、それを推し進めると、民主主義陣営の本来の目的は達成できなくなる恐れがある。日本は過度のFTAや、TPPに、あまり期待してはならない。今は、弊害の方を十分吟味すべきだろう。そのため、米国ともTPPの戦略的有効性について、十分な協議を続けるべきだ。民主主義体制を弱めるものにしてはならない。

*注

韓国経済は、一部財閥を除けば疲弊しており、その閉塞感は、普通ではない。竹島問題や慰安婦問題を持ち出すのは、国内経済の悪化を象徴するもの。結局、韓国経済は、中国への依存度を高めるだろう。日中関係の悪化に伴い、欧米企業や日本企業が撤退を検討する中、それを埋めようと彼らは考えるだろう。

| | コメント (0)

2012年10月24日 (水)

厚生年金基金が廃止されると

現在、AIJ投資顧問の不正により発覚した厚生年金基金の運用の悪化の状態を放置できず、厚生労働省、民主党は厚生年金基金の廃止を検討しているらしい。それにしても、その運用が出鱈目で、海外の運用会社に食いものにされていたのは残念だ。

そもそもお金の運用は、それほど簡単ではないはず。それを訳のわからない投資運用会社に丸投げしたことが、間違いの素だ。それに厚生労働省の運用指針に問題があったことは指摘されている。低金利下で、高利回りの運用は不可能に近い。それは誰かを騙さないと成果を得られない類のものだ。

投資には、そういう性格があるが、運用担当者は、そのことを理解していなかった。そういうことで、厚生年金基金が廃止されると今後、受給者はどのようになるのか。基金によっては、厚生年金基金が解散に追い込まれ、なくなる。あるいは年金が減額される。

それをカバーしようとすれば、厚生年金加入者に回りまわって負担が行く。いずれにせよ、誰にもいいことはないようだ。現在検討されているのは、基金に不足のないところは、他の年金システムに切り替えさせ、不足しているところは、解散させるということのようだ。代行不分の積立不足は厚生年金で賄うとしている。

流風個人的には、厚生年基金が減額されると、厚生年金は、ほとんどないに等しいので、老後の資金は影響を受ける。厚生年金基金からの年金は、厚生年金より大きい額だからだ。

多分、預貯金を余分に早く取り崩すことになるのだろう。出費を抑える人が増えれば、さらに不景気は上乗せされるのだろうか。国のいろんなシステムが逆回転している。私達は、それだけ困難な時代に生きているとも言える。

ただ、戦中、戦後を生きた親世代と比べれば、恵まれた生活をしている。私達がやるべきことは、次の世代の人たちのために、今の逆回転しているシステムの正常化だろう。

それには、やはり国全体の活性化が求められる。多分、それはちょっとしたきっかけで、よくなるだろう。そのために、よく言われるように、国の予算を社会保障費も含めて、リストラし、再生エネルギー、医療・介護分野に資源を集中すべきかもしれない。でも、厚生年金基金が減額されると、少し辛いなあ。

*追記

厚生労働省は、すでに、制度廃止までの期間を10年とする方向で調整に入ったと報道がされた。来年の通常国会への関連法案の提出を目指しているらしい。現在、基金は全国に576あり、確定拠出年金等、他の企業年金に移行させたり、資産の振り分けの作業に時間がかかり、10年の猶予が必要とした。2011年度末の286基金が積立不足で、総額は、1兆1100億円という。

| | コメント (0)

2012年10月23日 (火)

送料無料の裏側

通販とかで、一定金額以上購入すると、送料無料と謳っている企業は多い。消費者は、それにつられて少し多めに購入する。それは企業の思惑通りだ。そもそも物を送るには、誰かが運搬するわけで、コストは発生している。そして、それは誰かが負担しなければならない。本来、無料はありえない。

企業は企業努力で、送料無料にしていると言うけれど、怪しいものだ。企業は打ち出の小槌を持っているわけでもない。となれば自社の利益を削って、消費者に物を提供しているのだろうか。あるいは、商品価格に上乗せしているのか。または運送業者にしわ寄せが行っているかもしれない。ただ、そういうことは長続きしないし、経済社会を歪めていく。

物と運送サービスとは全く別のもの。それらをドンブリ勘定して、消費者を惑わせているだけだろう。ビジネスシステムとしては、宜しくないと言える。ビジネスは、多くの人がハッピーにならなければ楽しくない。企業だけが儲かることはないし、消費者だけが得をすることもない。それをつなぐ運送業者にも適正利益は必要だ。偏りのある目くらましのビジネス手法から、消費者も目を覚ますべきだろう。

| | コメント (0)

2012年10月22日 (月)

三人寄れば、、、

女三人寄れば、姦(かしま)しい。この漢字は誰が作ったのだろうか(笑)。先日も喫茶店に行くと、奥で若い女性三人組が、他人の迷惑顧みず、大きな声でしゃべっていた。声が若いから、うるさいのなんの。店の人も注意しないから、彼女らのおしゃべりは延々と続いていた。

喫茶店は、お金を払って、場所をシェアする公共の場という認識がないのだろう。親の躾もなっていない。残念ながら、その親の世代も、出鱈目だから、こういう娘たちが、自分の行いに気づかない。とても読書どころではないので、場所を少し移動するが、こちらでは、お婆さま方が、いつものように大きな声でしゃべっている。もうどうすることもできない。止むなく、飲みかけのコーヒーも少し残して店を出た。

しかしながら、三人寄れば文殊の知恵とも言われる。三人集まることが、いつも悪い訳ではない。一人で悩んで解決しないことも、三人で頭を摺りよせて、考えれば、何とかなることが多い。若い時は、自分の力に頼りがちだが、一緒に考えてくれる人を確保しておくことも大切だ。

流風も若い時、仕事に行き詰まり、もうどうしようもない状態に陥ったことがある。その時、先輩や同僚、三人で相談して、あっという間に解決したことがある。三人寄れば、不思議な知恵が授かる。当時、なんでもっと早く相談しないのかと笑われたものだ。自分の力を過信してはいけない。自分の力など、大したことがないと割り切っていれば、なんとかなるものだと思う。

いいことも悪いことも、三人寄れば、である。これが二人とか、四、五人でないところに、味噌がある。三という数字は不思議だ。

| | コメント (0)

2012年10月20日 (土)

強欲を捨てる

女性の話を聞いていると、あれもこれもと言う人が多い。つまり仕事、結婚、子供等を全て同時に望む。それは強欲というものだろう。確かに、それが女性の長所でもあるのだが、行き過ぎると本人ばかりか、周囲をも苦しめる。

今は少子化に伴い、女性の労働力の活用が大切と識者は説くが、それが風潮となり、女性に、更に、そのような志向をさせるのかもしれない。ただ、全ての女性が、そうしなければならないわけではない。

「欲しがりません勝つまでは」というのは戦時中の標語だが、何かを取れば、何かを捨てなければならない。時間差を利用すれば、それも可能になるが、同時を追い求めると、本人が苦しむだけだ。

それをカバーする社会的仕組みがあればいいというのも現代の短絡的思考だ。他人任せの人生なんて、危ういものだ。今日は今日できることしかできない。強欲になると、全てが中途半端になる。人生も、やはり漸進主義が望ましい。社会の雰囲気に流されず、自分の人生を生きて欲しいものだ。

*追記

念のために記すと、女性の社会進出に反対しているのではない。ただし、自分の人生に照らして、働くことが必要なら生活とバランスを取りながら働けばいい。何が何でも働かなければならないという強迫観念に陥ってはならないということを言いたいのだ。もちろん、社会としては、女性の柔軟な再雇用システム(例えば、短時間正社員の仕組み)を創り上げることは大切だ。

| | コメント (0)

2012年10月19日 (金)

ガラパゴス文化

時々、日本のガラパゴス文化を悪いように批判されることがある。しかし、文化とは、凡そ、そうしたものだろう。そうでなければ、後世まで残らないだろうし、世界で評価されることはない。

ただ、ガラパゴスが全ての人に評価されることはない。しかし、そのように割り切れば、日本の文化はガラパゴスでいいはずだ。あくまで評価する人に評価されればいい。

もちろん、ビジネスで、いつもガラパゴス方式が成功するとは限らない。それとガラパゴス文化の是非とは別にして考えないといけないと思う。

| | コメント (0)

2012年10月18日 (木)

反日教育する国とは組めない

中国にしろ、韓国にしろ、反日教育を続けている。彼らは歴史を直視せよというが、歴史を捻じ曲げているのは彼らだ。彼らは歴史を捏造して、国民に嘘の教育を施している。歴史のほんの一部だけを切り取り、それを大きく捏造して、国民に教育しても何にもならない。国民は、間違った教育を受けて、日本を正しく理解できないから、相互理解からは程遠くなる。

歴史は、点でなく、線や面で捉えなければならない。そこに指導者個人の感情を持ちこむことは、国を誤らせる。その間違いをしているのが、中国や韓国であろう。歴史的事実を無視した歴史の捏造でも、嘘も百回言えば真実になると彼らは思っているらしい。世の中に真実は一つしかない。客観的な目で歴史を評価しなければ、正しい知見に導けない。

そのことに気付かず、反日教育をする国々とは、政治でも、経済でも組むことは難しい。彼らが猛省しない限り、日中、日韓関係は安定しないだろう。日本の政治家は、自民党政権時代から、この点について認識が甘く、相手国を増長させてきた。今後は、組むべき国を、きちんと把握して、政治を執り行うべきだろう。

*追記

最近も、上海駐在の日本人が中国人に襲われている。報道はされないものも多いが、こういう事件は各地で頻発しているようだ。こういう事件を聞くと、反日教育に煽られた中国人が多く、民度の低さを感じる。その点、韓国の方は、反日教育はされているものの、あまり聞かない。

*追記

中国では反日教育されていないという意見があるが、むしろ1994年から反日教育は強化されている。それは感情的な教育も含む。

| | コメント (0)

2012年10月17日 (水)

凡人の成功

誰もが成功したいと思う。そして、失敗なくして成功は望めないことも多くの人が理解している。ただ、成功する人は非凡な人が多いと、一般には言われる。抜きん出た能力がなければ、成功しないと思っている人もいる。

それでは成功とは何か。人生の成功は長生きと言われる。あの徳川家康も、長生きするために色々工夫している。彼は成功者の一人だが、凡人であったと云われる。なぜ彼が成功したのか。それは長生きできて、世渡りが自然体だったからであろう。それは松下孝之助の経営哲学に似ている。整理すると次のようになるだろうか。

一、自分の能力を知り、それが限界となれば、敢えて無理しない。

二、自分の足らざるを他者の協力を得て補う。

三、勝てない競争はしない。力を十分に養い、横綱相撲を取る。

四、競争者が旺盛ならば、それを大きくすることに手を貸し、助長する。

五、競争者が内部崩壊するのを待ち、静かにチャンスに備える。

六、チャンスが到来したら、一気呵成に勝負を挑み、競争者をとことん叩き潰す。

七、競争に勝てば、内部組織の見直しをし、大胆なリストラを敢行する。

社会に波があるように、人や組織にも一定の波動がある。それを冷静に見極め、自己の立ち位置を確認することによって、彼は成功に導いた。もちろん、それには大変な努力と忍耐を要した。このように凡人も成功ができるが、それには強い精神力の涵養が求められる。

| | コメント (0)

2012年10月16日 (火)

ほら吹き学者もどき世間を騒がせる

現在、森口某研究者がiPS細胞の嘘の手術事例を紹介して、世間を騒然とさせている。これはマスコミの取材の方法に問題があり、マスコミは、かつて煽りたてたことを覆い隠そうとして弁解しているようにも見える。森口某氏の虚言癖は問題としても、マスコミも罪なことをしたものだ。

それにもまして肩書など、どうにでもなることを忘れてはならない。肩書は会社から与えられるものと思っている人は多いが、肩書は自分で作れる。そこで、それで勘違いする人たちもいるというのは、一つの事実であろう。マスコミも裏を取らず勘違いした部類だろう。

それでも、今回の森口某氏は、やや、ほら吹きの感が否めない。誠実さという点では学者とは言えず、学者もどきの誇大妄想と言えるかもしれない。研究者として、行き詰ったのかもしれない。ただ凡そ研究者というものは、それほど楽な仕事ではあるまい。

過去の研究を調べた上で、事象を読み込み、仮説設定して、その裏を取る地味な仕事に耐えなければならない。好いように取れば、彼は成果を焦ったのかもしれない。それとも、単に目立ちたい性分が暴走させたのだろうか。

しかしながら、研究は、暗闇の中で、照明もなく、物(たとえばダイヤモンドやコンタクトレンズ)を捕まえるようなもので、ある意味、道楽のつもりで臨まないと、うまく行かない面がある。iPS細胞を作製した山中伸弥教授も、そこに行く付くまでは経済面で苦労されている。研究者とはつくづく厳しいものだと思う。

今後、森口某氏が、どういう道を歩まれるのか分らないが、流風は作家向きだと思う。小説では、どんな妄想も許されるし、ほら吹きも、むしろ読者には面白く映るかもしれない。今からでも遅くないから、これまでの知識を活かして、転身されたらと思う。

*追記

「もどき」とは「がんもどき」というように、本物に似せた偽物のこと。

*追記

ほら吹きと言うと、例の『ほら吹き男爵の冒険』を思い出すが、かの男爵は、かつてドイツの民間で伝わっていた話を、ミュンヒ・ハウゼン男爵に被せたというのが真相のようだが、多分、彼は話し好きだったので、彼をからかうような話になったのだろうと思う。

*追記

一般的に、学者は嘘をつく、というのも一つの真実です。学者と言えば、真理を追究すると思われがちですが、全ての人がそうではない。森口某氏に限らず、多くの学者が本人は気づいていないけれど、結果的に嘘をついている例は多い。所謂、専門家の罠だ。

もっと悪質なのは、海外の人文系の学者は、捏造が多いように思われる。そして、その嘘を見抜くのは、専門家でないと、なかなか難しい。ところが、残念ながら、その専門家の日本の研究者は、海外の論文を信用し過ぎているきらいがある。もっと注意が必要だ。

| | コメント (0)

2012年10月15日 (月)

『赤松円心、則祐展』観覧

少し前に、拙ブログで「反逆の人~赤松円心」として、取り上げたが、兵庫県立歴史博物館では、平成24年10月13日から、特別展として、『赤松円心、則祐』展が開催されている。先日、一応観てきた。

ブログでは、赤松則祐(そくゆう)のことは、あまり取り上げなかったが、展覧会では、彼の果たした役割も大きいとしている。図録を読んでいくと、円心にしろ、則祐にしろ、権力闘争の複雑な方程式を解く名人であったことは確かなようだ。

底にあるのは、思考の柔軟性であろう。自分の強い意志は通しながら、その手法は縦横無尽だ。基本的な人間関係は大切にしながら、いかに自分の意思を意志を通すか。これは現代人にも通ずる課題だ。彼らの生き方を通じて学べるものはあると思う。

*参考

展覧会は、平成24年10月13日から12月2日まで。

なお、特別展の講演会が、下記日程で行われる。

  ◎平成24年10月21日(日)  午後2時より

    『赤松円心・則祐と護良(もりよし)親王』

    講師:市沢哲氏

  ◎平成24年11月17日(土)  午後2時より

    『播磨守護赤松氏と矢野荘の人々』

    講師:伊藤俊一氏

| | コメント (0)

2012年10月14日 (日)

それぞれの働き

定年を65歳に延長するということが国より示されているが、それができるのは限られた企業だろう。年金支給先延ばしがらみで、そういうことが提示されるのだろうが、企業の置かれた環境は様々。一律の政策の押し付けは、あまり有効ではないと思う。

そのことはさて置き、企業で働いておれば、いつか定年は来る。自営業でも、後進に任せず、いつまでも仕事にしがみつくことはできないだろう。いずれにせよ、いつか、人は職を退かなければならない。そうしないと、後進に、いつまでも途を開けない。後進に途を開くことも、十分な仕事ということだと弁える必要がある。人は順繰りだ。

もちろん、引退しても、その人が働くことから引退したわけではない。全てがすべて、所得を得る行為だけが働くということでもあるまい。国や地方や企業に貢献できなくても、やるべきことはある。定年後、やることがないという人は多いが、それは恵まれているからだろう。周囲を見渡せば、いろいろやれることはある。

男は一生、仕事だと言うけれど、この意味を取り違えないようにしたいものだ。

| | コメント (0)

2012年10月13日 (土)

小さいお金

何日も前から、道に五円玉が落ちていたが、道行く人は誰も振り向きもしない。流風もその一人だけれど。そうすると、先日、気づいた高齢のお婆さんが、さっと拾って、持って帰った(笑)。子供同様、お婆さん方は、下を向いて歩く人も多い。だから気づくのだろう。

子供の頃、母に「一円を笑う者は一円に泣く」と教えられた。確かに、100円の物を買うのに、99円しかなければ、買うことはできない。値切って買うことも可能だが、いつも値引きしてくれるとは限らない。

私達は、大きなお金は慎重に扱うが、小さな金額だと、粗末に扱っているかもしれない。最近は、スーパー等で買い物をしても、お釣りを確認する人が少ないように思う。確かに、自動で機械からお釣りが出てくるので、間違いがないと思っているのだろう。

でも、お釣りの確認は必要だろう。若い頃、お釣りの確認をせずに、帰ってから、残高がおかしいのに気付いたことが何回もある。使ったお金をレシートと照らし合わせても合わないのだ。時々、プラスのこともあるが、大概がマイナスだ。

日本のレジ係は、海外と比べると優れていると言われるが、最近も、お釣りの金額の間違いに、あるコンビニで気づいたことがあった。指摘してレジ係も、分ったようだが、従業員の質が少し心配だ。客も、知らず知らず、間違ったお釣りに気づいていないのかもしれない可能性もある。

しかし、そういうことだけでなく、私達は、小さいお金には割と無頓着だ。特に男はそうであろう。人間が小さく見えるようなことはしたくないという一種の男の見栄がそうさせる。しかし、それらが積み重なると、とんでもない金額になる。

それは大きな買い物をするより、大きくなったりする。小さいお金の出入りには、慎重になった方がよさそうだ。他者に笑われても気にすることはない。最後に勝者になればいい。

| | コメント (0)

2012年10月12日 (金)

世間の口というもの

世間の口には戸は立てられないというけれど、世間の口ほど、いい加減なものはない。ちょっと有名になると、囃したて大騒ぎする。そして対象の人が何かをしでかすと、また大きな声で非難する。世の中は、そういうものだと分っていても、なかなか世渡りは難しいものだ。

ただ、人の噂も七十五日と言われるように、噂は永遠には続かない。処世としては、静かになるのをじっと待つしかない。そして、あまり世間の噂には、あまり気にかけては、やりたいこともできなくなる。

世間の口は、ある意味、無責任。彼らの噂で右往左往していては、成るものも成らなくなる。結局、本人の決心で、やるべきことをやるしかない。そうすれば、ますます世間の声は厳しくなる場合もあるだろうが、結局、最終的に成果を上げた者が勝つ。

それには、己を信じることが、まず大事。そして周囲に少しずつ「信者」を増やしていく。後は、誰かが信じてくれる限り、前に歩んでいけばいい。世間の口を過剰に意識してはいけないと、先人も言っている。

| | コメント (0)

2012年10月11日 (木)

2014 NHK大河ドラマ 『軍師 官兵衛』に決定

2014 NHK大河ドラマが、『軍師 官兵衛』に決まったようだ。このブログでも、以前に彼とその周辺について、以下のように取り上げた。

 「黒田官兵衛について」(2011.5.2)

 「官兵衛と黒田二十四騎」(2011.5.6)

 「黒田八虎と母里太兵衛」(2011.5.8)

 「黒田八虎と後藤又兵衛」(2011.5.9)

姫路市関係者は、前々から、いろんな催し(*注)をして、アピールしていたからうれしいだろう。再来年まで、まだ時間はあるが、少しわくわくする。うまく描いて欲しいものだ。

*注

2011年に、姫路文学館で、『黒田官兵衛の魅力~天下をねらった播磨の智将』が開催され、黒田官兵衛を広く紹介した。その他にも、各種祭りで、黒田二十四騎に扮した人たちが盛り上げた。

| | コメント (0)

2012年10月 9日 (火)

塞翁が馬~山中伸弥京都大学教授

京都大学教授で山中伸弥iPS細胞研究所長が、iPS細胞の作成から、わずか6年で、ノーベル生理学・医学賞を受賞されたということで、国内が沸きかえっている。各種報道から、一般人の流風が感じたことを整理しておこうと思う。

彼が生物界、医学界の常識を覆したということで、世界から高く評価されているようだ。ただ、研究者の常として、その道は平淡ではなかったようだ。外科医師を志したのはいいが、研修医の頃に、手術の遅さで挫折。

周囲から、「ジャマナカ」と冷かされたようで、実際、当時の同僚は、「確かに手術は下手だった」と言っている。ただ、彼は外科手術では病気を治せないという限界を悟ったのだろう。

それで軌道修正し、研究の道に入るが、米国での研究があだになり、日本との研究環境の格差につまずく。米国では、最初から膨大な予算がつくが、日本では、見通しが立たないと予算が立たない。そういうことで研究費が全く出ない窮屈な状況が続く。

ところが、1999年に、奈良先端技術大学院大学の助教授に採用された。彼を採用した岸本忠三・元大阪大学長の言葉がふるっている。彼の研究に疑問を感じながらも、熱心さに押され、「千に三つでも当れば成功」と助成を決めたという。こんなところに、天は彼に味方したのだろう。裏を返せば、熱意は通ずるということだろう。若い人たちも、人を説得する場合の参考にはなる。

それから7年後の2006年に、iPS細胞を開発し、その翌年には、人の皮膚組織からiPS細胞を作成することに成功しているから、物凄いスピードだ。ただ、そこまで行くには、誰にも言えないような、長い道程があったようで、紆余曲折して、到達された、彼の我慢強さには驚嘆する。

彼の座右の銘は、「人間万事塞翁が馬」ということらしいが、まさに、そのことを経験されている。彼に限らず、多くの人は、凡才ゆえに多くの挫折をして、自分の道を発見する。あるいは、挫折したまま終わってしまう。

彼は、天才と言われているから、それでも、研究の道は厳しいことが分かる。そして、彼に限らず、仮に、うまく行かなくても、それは一時的なことだと思って、次の道に歩む考え方の柔軟性が問われているのだろう。

彼から学べることは、信念を以て、我が道を信じて歩めば、途中に、いろんな障害があっても、それを乗り越え、必ず一つの到達点に達するということだろう。そして、到達点は、所詮、通過点に過ぎず、また次の到達点に向かって、日々前進しなけれはならないということを教えてくれる。

また、彼が何回も強調するように、周囲への感謝を忘れないようにすることが成功の秘訣なのだろう。実際、彼は研究者にしては珍しく、助けてくれた人々のことを明らかにしている。すなわち、成果は、自分の及ばない力添えがあって、初めて成り立つことを理解しておられる。

あなたは、多くの日本人に、いや、世界の人々に、大きな希望を与えました。改めて、山中伸弥京都大学教授、ノーベル賞受賞おめでとうございます。今後の更なるご活躍を期待します。

*追記

教授のもう一つの座右の銘が、「ビジョン・アンド・ハードワーク」ということのようだ。多分、これは米国から学ばれたものだろう。目的を明確にして、方向性を打ち出し、目標設定ごとに課題を克服していく。それをやり遂げるには、かなりの精神力と体力を要する。これは多くのビジネスにも共通することだ。

| | コメント (0)

2012年10月 8日 (月)

政宗の倹約

倹約は、いつの時代にも、大切な生活姿勢だ。伊達政宗も、その方法を示している。

  気長く、

  心おだやかにして、

  よろずに倹約を用い、

  金銭を備うべし。

  倹約の仕方は、

  不自由をしのぶにあり。

  この世に客に来たと思えば、

  なんの不自由もなし。

要するに、天から与えられた生と思い、ゆったりとした心構えで生活すれば、あれも欲しい、これも欲しいという心は、抑えることができる。妙に心を刺激しないことがいいのかもしれない。

| | コメント (0)

2012年10月 7日 (日)

相手を見ないということ

会話をする時は、相手の目を見て話しなさいと言われる。ところが、いざ仕事となると、ライバルを見過ぎるのでは、かえってうまく行かないことが多い。ライバルに刺激されることは大切だけれど、必要以上に意識すると、本来の自分の能力を発揮できないことはよくあることだ。

最近の若い人は出世志向ではないようだが、結婚でもすれば、そういうわけにも行かなくなる。だが、お尻を叩かれて、ライバルを意識すれば、仕事は空回りすることもある。となれば、基本は、じっくり自分の力を蓄えていくしかない。それを継続していけば、いずれ自分の場所が確保されている。世の中、そんなものだと思う。過度に相手を見てはいけないようだ。少し、意味は違うけれど、それはパートナーにも言えることだ(笑)。

| | コメント (0)

2012年10月 6日 (土)

映画『ビルマの竪琴』を再度、観たいけれど

子供の頃、テレビで、母と一緒に映画『ビルマの竪琴』を見た。涙もろい母は、大泣き。大東亜戦争で、アジアの解放を目的とした日本の挑戦は、敢え無く潰えたが、戦後、アジア諸国は、欧米列強の植民地から脱して多くが独立した。そういう意味では、そのため、多くの戦死者という犠牲と日本は焦土と化したが、一つの目的を達したという見方もできる。

ビルマ、今はミャンマーと言うらしいが、イギリスの植民地だったビルマから、イギリス軍を追い出す手伝いをしたのは日本だ。彼らに日本的な軍事教育を施し、彼らは戦後、独立の密約を破ったイギリス軍を追い出すことに成功する。ビルマ人は、日本人が西欧諸国と戦ったことにより、自分たちもできると自覚したのだった。

しかしながら、日本軍は、戦中、多くの死者を出した(ただし、伝染病による病死が多い)。戦後、残った兵は帰国するが、死者を弔うため、ビルマに残って僧侶になった軍人がいたという話だ。ただ、話の内容は、ほとんど覚えていない。そこで、もう一度、映画『ビルマの竪琴』を見たいのだが。もちろん、ネットとかで視れるのかもしれないが、映画館で上映してほしい。どこかで、やってくれないものかな。

*追記

母と観た映画は、もちろん1956年版で白黒。1985年にも映画はカラーで作られている。しかし、観たいのは1956年版だ。

| | コメント (0)

2012年10月 5日 (金)

萩の開花 2012

今年も萩の花が咲き始めた。毎年、開花後、根元から枝を切り落としても、翌年には、また勢いよく新しい枝を伸ばし、可愛いピンクの花を咲かせる。萩は昔からある花なので、歌にもよく詠われている。『古今集』の播州関係では、藤原敏行朝臣の次の歌がある。

  秋萩の 花さきにけり 高砂の

    をのへの鹿は 今やなくらん

      『古今集 二百十八番』

解釈は不要であろうが、例によって蛇足的に記すと、「秋萩が咲きだした。そういうことで、少し離れたところにいる(兵庫県)高砂の尾上の鹿は、ちょうど、それに呼応するように鳴いている」。萩と鹿の関係は、萩は鹿の花妻と呼ばれることから、こういう歌ができる。

まだ見たことはないけれど、鹿は萩の花に寄り添って、離れようとしないらしい。この歌では、離れている萩という妻を恋しがって、鹿という夫が鳴いている、としている。愛しい人には、すぐにでも会いたい気持ちと重ねている。

*追記

ちなみに『万葉集』には、丹比真人の歌として、舞台は奈良だけれど、次のようなものがある(一六〇九番)。

  宇陀の野の 秋萩しのぎ 鳴く鹿も

    妻に恋ふらく 我れには増さじ

解釈は、「奈良の宇陀の野に秋萩をかき分けて鳴いている鹿も、私が妻に恋焦がれることと比べれば、とても及ぶまい」という感じ。丹比真人については、よく分かっていないらしい。

 

 

| | コメント (0)

2012年10月 3日 (水)

性悪説の時代

日本の法律や社会の運営は、性善説に拠っている。日本も、戦前までは、儒教思想が普及していたから、人としてのあり方が教育で徹底していた。しかしながら、戦後教育により、人は善であるという前提が崩れてしまった。戦前の教育の影響を受けた人々は、何とか性善説を適用できたが、その後の世代は、多少、危うくなっている。

いじめの問題も、最近は、全国的に、少し度を過ぎている。いじめは昔からあるし、どこの国にもある。子供の成長過程では、ある程度はやむを得ない。ところが、最近の事例を見ると、明らかにいじめではなくて、犯罪だ。そして、自分のやったことを一部の子供も親も反省できなくなっている。これはすでに性善説が無理だという段階に来ている。

残念ながら、そのように、学生時代にも、性善説を取りづらくなっている。学校は、社会の縮図だから、世の中も、そのようになりつつあると言える。日本も海外同様、性悪説を取る必要があるようだ。刑罰の体系、大きく変えていくことが求められる。

*追記

ところが、日本の政治家も、海外に対して性善説を取りがちだ。そこで、日本はお人好しと軽く見られている。政治家の意識改革も求められる。

| | コメント (0)

2012年10月 2日 (火)

話上手な人

流風は、話上手ではないので、話上手な人を見ると、いつも羨ましく感じる。しかし、ある人によると、話上手な人は、思考が緻密ではないとのこと。だからと言って、流風が緻密かと言えば、とんでもない。このブログでも、日々の心の動き同様、全体として見れば、統一感のないことは確かだ(苦笑)。

でも、話上手でなくても、悲観することはない。確かに、相手に伝えるには、話せないといけないが、言葉が多くても、その話に内容がなければ、いずれ人は離れて行ってしまう。相手を説得する時にも、論理的裏付けがなければ、最終的には、説得は難しい。話上手が必ずも営業で成功するとも限らない。

確かに、話上手な人は、周囲を賑やかにはするが、それは意味のない娯楽に近い。女性には失礼かもしれないが、多くの女性のおしゃべりも、そうしたものだろう。ただ、多くの人が、話下手ばかりでも、それはそれで面白くないという人もいるかもしれない。しかしながら、人は言葉を与えられて、考えなくなったと言われないようにしたいものだ。

| | コメント (0)

2012年10月 1日 (月)

腰の高い人

最近、街を歩いていると、結構、背の高い女性が多い。そして、最近は、ミニスカートでもなく、昔言ったホットパンツでもなく、やたら足を出すファッションで歩いている。それが、また長く白い脚で、見事な美しさ。遠目から見ても、見とれてしまう。一体、彼女たちの脚は、どこから出ているのだろう。腰の位置がそれほどに高い。

ところが、ビジネスでは、腰高経営は危ないとされる。商人の基本は、腰の低さで評価される。小林一三は、貸付け係の頃、客が来ると、履物を率先して揃えたという。大体、金を借りに来る客に対して、一般に、当時の行員は貸してやるのだからと、横柄だった。ところが彼は、どの職種でも態度を変えなかったらしい。それで、彼は関係者から高く評価されるようになる。

かつて銀行員も、腰の低さが基本だったが、最近は教育が行き届いていないのか、腰の高さが目立つ。流風は、金を借りることはないが、時々、銀行に行くと、確かに頭はよさそうだが、こちらを見下した態度をする行員もいる。嫌な感じだ。これは今に始まったことではない。バブル崩壊後、目立つ。

銀行は、BIS規制もあり、融資に慎重になり過ぎているかもしれないが、腰高行員には、情報も入ってこないだろう。腰高行員が増えるのは、銀行の経営姿勢に課題がある証拠。日本の金融機関は、欧米の金融機関より、経営は安定していると言うけれど、金融関係の経営者は、心すべきだろう。

| | コメント (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »