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2012年10月 3日 (水)

性悪説の時代

日本の法律や社会の運営は、性善説に拠っている。日本も、戦前までは、儒教思想が普及していたから、人としてのあり方が教育で徹底していた。しかしながら、戦後教育により、人は善であるという前提が崩れてしまった。戦前の教育の影響を受けた人々は、何とか性善説を適用できたが、その後の世代は、多少、危うくなっている。

いじめの問題も、最近は、全国的に、少し度を過ぎている。いじめは昔からあるし、どこの国にもある。子供の成長過程では、ある程度はやむを得ない。ところが、最近の事例を見ると、明らかにいじめではなくて、犯罪だ。そして、自分のやったことを一部の子供も親も反省できなくなっている。これはすでに性善説が無理だという段階に来ている。

残念ながら、そのように、学生時代にも、性善説を取りづらくなっている。学校は、社会の縮図だから、世の中も、そのようになりつつあると言える。日本も海外同様、性悪説を取る必要があるようだ。刑罰の体系、大きく変えていくことが求められる。

*追記

ところが、日本の政治家も、海外に対して性善説を取りがちだ。そこで、日本はお人好しと軽く見られている。政治家の意識改革も求められる。

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