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2012年11月30日 (金)

自由とFTAの理解

どうも、FTA(自由貿易協定)の「自由」に対する日本人の理解が曖昧なようだ。

以前にも、同様なことを記した(*参考)が、“フリーダムやリバティ”が「束縛や牽制から解放される」という意味だ。よって、これから対象に働きかけて、束縛や牽制を取り除いていくという主体的動的な面がある。

他方、日本語訳となっている“自由”は漢語で、その文字からわかるように「抑圧や制裁もなく、他から手の出しようのない自ずから出る働き」を意味している。すなわち、絶対自由だ。よって、もともと、束縛も牽制のない状態だ。だから、これは、あるがままの静的状態を指す。

よって、FTA(Free Trade Agreement)を自由貿易協定と訳すのが、いいのか問われる。むしろ、(限定地域)貿易障壁撤廃協定とした方がいいように思われる。

*参考

拙ブログ 2006年2月11日付 『“自由”と規制緩和』

「最近、規制緩和により、いろんな事件が起こっているとの指摘が一部マスコミなどで見受けられる。さて、それは真実なのだろうか。どうもポイントがずれているように思う。

規制緩和を考える前に、まず“自由”の理解が為政者を含めて、日本人には不明確なような気がする。“自由”とは“フリーダムやリバティ”の翻訳である。しかし、この翻訳が問題であることは、以前のプログで触れた。

“フリーダムやリバティ”が「束縛や牽制から解放される」という意味である。それに対して、日本語訳となっている“自由”は漢語で、その文字からわかるように「抑圧や制裁もなく、他から手の出しようのない自ずから出る働き」を意味している。

このように、全く意味が異なるにもかかわらず、日本人は“フリーダムやリバティ”を日本的に“自由”と解釈している。

規制緩和というとき、それは規制を緩和して、“フリーダムやリバティ”の状態にするというのが本来の意味に近い。言い換えれば、“フリーダムやリバティ”の状態にするため、束縛したり牽制する規制を現状に合わせて緩めようという行為と捉えられる。

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2012年11月29日 (木)

ジェームズ・ボンドの50年

今年は「007」シリーズが公開されて50周年にあたるそうだ。50年と言うと、流風は、子供の頃から、ボンドと共に、時代を歩んできたことになる。毎回、この映画の活劇シーンには、いつもわくわく、どきどきしたものだ。それにボンドガールの美しさや印象の強いテーマ曲もあり、大人の童話として描かれてきた。

この「007」シリーズは、世界の政治状況に合わせて制作されているニュアンスもある。日本は現在は、戦前のように活動していないが、政治と諜報活動は切り離せない。それを、この映画はイギリス情報局秘密情報部(略称MI6。正しくはSIS。*注)の活躍を、かなり誇張されてエンタテイメントを付加して、描かれているようだ。

それでは、この映画の面白さはどこにあるのだろうか。基本は一般人には、危険がいっぱいのスパイ活動という非日常的なストーリーの面白さであろう。更にボンドガールとの絡みもある。子供の頃は、ボンドに持たせるいろんな小道具に興味があった。

更に、原作小説のイアン・フレミングの描いた世界とは、時代が進むにつれて、描き方を柔軟に変化させていることも、観客に飽きさせない。時代は変化するから、常にネタは切れない。そこに、このシリーズの強さがある。

それに最近までは、あまり意識しなかったのだが、これは、こだわりの強いイギリス映画であるということ。だから、その底辺には、イギリス魂が流れている。そこには彼らの人生観がある。ジェームズ・ボンドの発言に注目して、その内容を指摘したものに、田窪寿保著『ジェームズ・ボンド「本物の男」25の金言』(講談社+α新書刊)がある。

一例を挙げると、映画の題名にもなった「トゥモロー・ネバー・ダイ」というのがあるが、これは「明日という日はない」ということだ。一般人にも参考となる言葉だろう。もう一つ、刺激的な言葉を挙げておくと、「女の言いなりになるな。なると、災いを招く」。最早、説明は不要ですな(笑)。他にも、いろいろあるが、上記の本を読むと生き方の参考になるかも。

ということで、昔ビデオに撮った作品を再度観てみた。昨日は、テレビで『カジノ・ロワイヤル』を放送していたが、流風が観たのは、1981年作の『ユア・アイズ・オンリー』だ。原題は“For Your Eyes Only”となっている。

これは、女性がボンドに、あなただけに見て欲しいと言っている言葉(最後の場面に出てくる)だが、Eyes Onlyには、(書類を)目で見る以外は不可という意味が隠されているらしい。なるほどね。テーマにもスパイ映画の主旨が込められている。

ちなみに、この映画を録画したのは、いつごろかなと思っていたら、緊急ニュースとして東ドイツ ホーネッカー議長失脚がテロップで流れていた。つまり1989年だ。ベルリンの壁が崩壊した。録画したのは、もう、かなり前のような気がしたのも、当たり前のはずだ。

なお、日本では、12月1日から、第23作『スカイフォール」が公開される。久しぶりに映画館に行こうかな。

*注

MI6は、戦前の陸軍組織内にあった軍事情報部第6課の略。

*追記

暇なので、過去に録画したものを調べてみた。◎印が録画済みの物で、●印が未収録だが、どこかに録画したものが埋もれているかも。

  ●ドクター・ノオ

  ◎ロシアより愛をこめて

  ●ゴールドフィンガー

  ●サンダーボールド作戦

  ●007は二度死ぬ

  ●女王陛下の007

  ◎ダイヤモンドは永遠に

    ●死ぬのは奴らだ

  ◎黄金銃を持つ男

  ◎私を愛したスパイ

  ●ムーンレイカー

  ◎ユア・アイズ・オンリー

  ●オクトパシー

  ●美しき獲物たち

  ●リビング・デイライツ

  ●消されたライセンス

  ◎ゴールデンアイ

  ◎トゥモロウ・ネバー・ダイ

  ●ワールド・イズ・ノット・イナッフ

  ◎ダイ・アナザー・デイ

  ◎カジノ・ロワイヤル

  ◎慰めの報酬

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2012年11月28日 (水)

高齢者市場再点検 その八

今回は高齢者の旅行を取り上げてみたい。高齢者の旅行と言っても、様々なパターンがある。所謂、熟年旅行で夫婦二人で行くものや、ちょっと危ないけれど一人旅を好む人もある。もちろん、団体ツァーもある。

熟年旅行や一人旅は、割とスケジュールをゆったり取っている場合が多いようだ。それでも、一週間ぐらい。リフレッシュするには、それくらいでいいのかも。若い頃のように、単泊で、あちこちいくもいいが、連泊で、じっくり旅を楽しみたいものだ。

最近は、海外旅行される高齢者も多い。途上国での旅行で事故に遭っているのは、高齢者のケースが多い。それほどに、海外旅行が高齢者にも広がっているのは喜ばしいことなのだろう。

ただ、国内旅行も見直して欲しいものだ。海外の旅行者を招くより、高齢者に国内の旅行を楽しんでもらった方が、ビジネス的にも、いいと思う。問題は、その中身だろう。温泉に浸かって、豪華な料理を味わうパターンは過去の遺物だろう。

また団体ツァーの方が、今も料金は安いのだろうけれど、ばたばたとせわしない旅行だ。特にバスであちこち回るパターンは最悪だろう。高齢になると、余分に疲れるという声も聞く。

ただ、ここで考えて欲しい。本当に若いころと同じで、あちこちを眺めて過ごす旅だけでいいだろうかということ。もちろん、そういう旅も許される。でも、もっと、いろんな旅があっていいではなかろうか。

じっくり一か所で落ち着いた旅行もいい。そうなると宿泊が伴なって料金の問題が発生する。でも、宿を工夫すれば、料金はそんなにかからないだろう。温泉宿に泊まる必要もない。旅行と言うと、すぐに温泉に結び付けようと業者はするが、別に普通の風呂があれば十分。ビジネスホテルでもいい。

これからの高齢者の旅行には、男女で嗜好が異なるだろうが、もう少し一工夫が欲しい。端的に言えば深さだろう。もっと多種多様な催しとドッキングしていいはずだ。顧客を嗜好ごとに整理して、それにマッチングする小口の旅の提供が求められる。

そうすれば、旅行関係者にも、付加価値がつく。景色を眺めて飲食をして、買い物をするばかりが旅でなかろう。高齢者の持ち時間を活かした旅ビジネスが問われている。

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2012年11月27日 (火)

高齢者市場再点検 その七

高齢になると、医療のお世話になる頻度は誰も高まる。そして、食事の制限事項も加わる。ところが、よく医食同源と言われるが、日本では、残念ながら徹底していない。

それは医療の仕組みにあるのかもしれない。医師は患者を検査等通じて診察して、薬を処方するが、食事指導まではしない。そこに大きな問題が横たわっている。

結局、患者は、自分で食事の選択をしなければならない。確かに本屋に行けば、その種の本は溢れている。ただ、患者の健康状態は様々で、それぞれの患者にぴったりと合う本は無いだろう。結局、患者の適当な判断で、食事を続けることになる。

それがうまく行けばいいが、必ずしもうまく行くとも限らない。そうか行って、個別に栄養士に指導を仰ぐこともコスト的に難しい。それに栄養士は、患者の病状を正確に把握しているわけでもない。

となると、医師が食事指導するのが一番いいが、医師は忙しく、そこまで手が回らないし、保険の点数がつかないから、あまりやりたくない。やはり、どこかが間違っていると思う。医師が食事指導しなくても、栄養士と連携は可能であろう。

そして、栄養士は、外食産業や中食産業と連携して、病歴グループごとの商品開発をすれば、ビジネスになる。いわゆる病院食の一般化だ。それは広く見れば、健康産業につながるだろう。

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2012年11月26日 (月)

高齢者市場再点検 その六

今回考えるのは、高齢者による文化市場。多くの公的美術館や博物館に行くと、その観覧者の多くは高齢者で占められている。それはそれで望ましいことだろう。ただ、その鑑賞ぶりを見ると、必ずしも文化を理解した人たちばかりではなさそうだ。

そもそも、美術館や博物館で催される企画は、事前に観覧者と図ったものではなく、学芸員の一方的な思いで企画されている。だから、どうしても共感度は薄いケースが多い。それは、結局、「お上の文化」の押し付けになっているからだろう。

それに、公的美術館、博物館の予算は、国や地方の予算から賄われている。そこで、企画の限界があったり、入館料が異常に高かったりする。これを無くすにはどうすればいいか。

兵庫県立美術館簑豊館長は、米国で行われているように、学芸員が企画して、その経済効果を説明し、説得して予算を自ら集めているので、日本の展覧会の予算も、それに倣うべきではないかと提言している。

流風は更に一歩進めて、予算の半分くらいは民間からの寄付で賄う必要があるのではないとか思う。そうすれば、民間の一般の人間も文化を観る目が養われると思う。特に、高齢者は、何か分らないけれど、文化には何となく興味を持つ人が多いであろう。美術館、博物館は、高齢者の参加を巻き込むことは有効と考えられる。

後は、もっと規制緩和して、文化施設周辺への民間企業の進出を促し(文化の匂いのする飲食含む)、エンタテイメント性のある文化施設群にすることだろう。そうすれば、その関連需要で盛り上がることは確かだろう。それは地域振興にもつながる。お高い文化施設よ、さようなら、と行きたい。

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2012年11月25日 (日)

分りにくいマニュフェストの意義

選挙の頃になると、いつの頃からかマニュフェストが各政党によって謳われるようになった。この外来語、極めて分りにくい言葉だ。一体、「選挙公約」と、どう違うのか。有権者を惑わせる、この外来語を使うのを、もう止めたらどうだろうか。また政治家の方も、選挙公約と政権公約とを混同させて発言している人も多い。

ここで、流風なりに、これらの言葉を整理すると、マニュフェストは、従来の選挙公約に匹敵し、それぞれの党の理念や方向性を示すものだ。そこには具体的な数値目標は示されない。ところが、民主党は、具体的な数値を挙げたため、多くの人を混乱させた。

他方、政権公約は、選挙で勝った政党で、党首になった代表が、首相になることを前提に、その政権で具体的にやることを示すものだ。よって、政権ごとに、その内容は異なる。

大体、このように理解しているが、皆さまは、どのように理解されているのだろうか。次の選挙では、各党のマニュフェストに、どのように反応されるのだろうか。あまり具体的な数値を示されれば、怪しむことは教訓として残っているのだが。有権者には、分りにくいマニュフェストという表現は止めた方がいいかもしれない。

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高齢者市場再点検 その五

子供の頃、春に、土手で寝そべり、日光浴をした思い出は忘れられない。夏には、麦わら帽子をかぶって、同じく土手から、空を見上げると、美味しそうな綿雲が出ていた。秋は、涼しくなるが、小春日和には、日向ぼっこした。冬は、さすがに土手は寒いので、縁側の窓ガラス近くで、降り注ぐ太陽の温かさを感じたものだ。

このように、私達は、太陽の恵みに接しているのだけれど、女性は、いくつになっても日焼けを極度に嫌う。だが、適度な日にあたることは健康に良いはずだ。日向ぼっこは、骨粗鬆症の予防になるとも聞いたことがある。特に高齢の女性には求められる。

高齢になると、テレビの視聴時間が長くなって、健康には決してよくない。長く座った状態がよくないらしい。家に籠りきりになりがちな高齢の女性たちを日向ぼっこに誘うビジネスがあってもいい。

もちろん、日向ぼっこは自宅でもできるのだが、わいわいがやがやしながら、日を浴びるの悪くない。そして、後は茶話会だ。茶話会では物足りない向きには、多少の酒が入った食事もいいだろう。昔話に花を咲かせるのもいい。

そういう場所を提供するのだ。例えば、専用日向ぼっこルームのある喫茶ビジネスの可能性もあるように思う。そして、彼らの話題には、新しいビジネスのネタが潜んでいるかもしれない。

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2012年11月24日 (土)

高齢者市場再点検 その四

今回は、高齢者市場という観点だけでなく、もっと広い見方だ。それは地域の建設業の振興も絡む問題だ。

さて、これからは都市の人々も高齢化していく。多くは核家族だから、どうしても孤老死も増えてきがちだ。若い世代は、保育の問題がある。孤立した世帯は、いかに防災訓練しようが、最早、大災害対応は、行政だけでは不可能だろう。

地方は、まだ横の連携があるから、そういう問題は起りにくい。近所づきあいは、鬱陶しい面はあるにはあるが、それにはまってしまったら、どうということもない。地方で孤老死も保育の問題も起らない。相互扶助はまだ機能している。

ということで、最近はリターンする若い世代が増えつつある。地域の人間関係の重要さが分って来た面もある。それに、都市部で働くことが必ずしも豊かな生活を送れるとは限らないと気づき始めた。確かに、都市部は地方より所得が高い。

だが、住居費や生活費が、どうしても地方と比べて高くなる。残ったお金で生活するわけだが、若干窮屈。もちろん生活面で利便性は高い。しかしながら、地方も、余程辺鄙な所に行かない限り、ネットの普及で、利便性は高まりつつある。そして、何と言っても家賃が安い。また土地があるので、比較的大きい家を建てても、安い。当然、固定資産税も安い。

となると、必ずしも、都会に出て働くことがいいとは限らない。所得は低くても、支出が低く抑えられるので、田舎に住む方が、案外、費用対効果は高い。更に田舎に親がいれば、自然は豊かだし、同居していれば更にコストダウンできる面もある。将来のことを考慮すれば、そういう考え方をする人は増えるだろう。

よって複数世帯同居が昔のように増えてくる可能性が高い。都市部で、複数世帯住宅を建てられないこともないが、土地の価格と建設費が高い。よって、地方に建てることがトータルで安くつく。長い人生で見ると、住居費にかけるコストは馬鹿にならない。いかに合理的発想をするかが問われている。

だが、家を地方で建てるにしても、建設業が不振で、人材が減ってきて、肝心の職人が不足している。よって地方は需要開発すると共に、供給面でも、配慮しなければならない。ところが、地方は、そのような支援の仕組みをしているところもあるが、何分アピールが弱い。

仕事の確保と地方を魅力あるように見せる地方の企画力が問われている。地方の人材も、新しい発想ができる人材を登用し、若返りが必要ということだ。これらはやっていくと、疲弊している地方の建設業の一定の振興につながる。

職人不足も解消できるかもしれない。建設業は、幅広い仕事の裾野を持つ。地域の建設業の活力を維持することは、国力の維持につながることを忘れてはならない。それは公共投資だけではない。

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2012年11月23日 (金)

スーパーマーケット経営の勘違い

スーパーマーケットの売り上げが8か月連続して昨対比を割っているらしい。何が問題かと言えば、それは商品戦略だろう(それは他の流通業にも見られる現象)。現在のスーパーの動きを見ると、何でもかんでも、開発輸入して安売りしているように感じる。

確かに消費者からすれば、価格が安いのはうれしいが、基本的に、それは消耗品に限るだろう。それ以外は、品質の高い国産品で十分だ。多分、スーパーは、安売りすることが習い性になって、消費者に対してマーケティング活動を怠っているものと思われる。

今一度、スーパーの置かれた立ち位置を確認し、店の商品構成と、消費者と時代が求める価値を再分析して、本当に価値ある必要な物を適正価格で提供することに留意すべきだろう。そうしないと、いつまでも、毎年売り上げは落ちていく。経営者の発想の転換が求められる。

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信・楽・喜の三段階

仕事に対する処し方について、先人は次のように言っている。新人の方々は、そのように思ってもらえば間違いはない。

  初めに信をおき、

  なかばに楽しみをおき、

  終わりに喜びをおく、と。

まず、自分の仕事に自信をもつことだ。そのためには、仕事に集中して、ノウハウを習得せねばならない。それを続けていくと、仕事の面白さが分るようになる。仕事が趣味のようになる。更にもっと続けて鍛錬していくと、ついには天職になって、喜びになるというもの。

また先人は言う。仕事と地位は関係ない。楽しく仕事ができるなら、たとえ地位が上がらなくとも、仕事は続けるべきだと。このことは、第三者からなかなか理解してもらえないが、仕事と一体したところに、職業を持つ幸せがあるということを忘れてはならない。

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2012年11月22日 (木)

高齢者市場再点検 その三

父は、高齢になっての楽しみは食べることだけとも言っていた。高齢者になっても毎日必要なものは食事だ。近所のお婆さんは、最近は料理を毎日作るのは苦痛なので、コンビニ弁当やお惣菜をよく利用しているそうである。ところが、自分の舌に合う物は、少ないそうだ。それでも何か食さねばならない。

また、最近は健常者でも、塩分を一日6グラムが適正と言われているのに、醤油をいっぱい使った甘辛いものや塩辛いものが、よく提供されていることは流風も感じる。飲食店やお惣菜店は、この点に鈍感なようだ。

ヘルシー弁当とか、健康食の提供は、ほんの一部の店に限られる。これは一体、どうしたことなのか。日本は、肉体労働をする人々の食習慣が強く残っているのかもしれない。薄味だと口に合わないという客が多いから、それに合わせているのだろうか。

だが、食事で健康を害しては、何にもならない。健康を害せば、大きく言えば、国全体の社会保障コストも高くつく。若い人たちのためには、高齢者は病気にならず、ピンピンコロリがいい。

きちんと塩分を一食につき2グラム内を守った食品を提供すれば、高齢者の健康も維持できるし、高齢者予備軍の現役世代の健康も守れる。まだまだ外食や中食は、ビジネスチャンスが広がりそうだ。それを徹底すれば、多くの高齢者が、それぞれの健康状態に合わせて、外食や中食をもっと楽しむようになるかもしれない。

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2012年11月21日 (水)

今更、日中韓FTAに意味はない

最近よく話題になるTTP同様に、日中韓FTAも、日本にとって、そんなに国益になることではない。ところが、政治家の方は、官僚が後押ししているのかもしれないが、どうも、過去のならいから、それを推し進めようとしているが、おかしいと思わざるを得ない。

2013年早々に、政治問題は棚上げにして、日中韓FTAの実務協議をしようとしているが、最早、日本にとって、意味はないだろう。政経不可分な領土の問題を解決せずして、経済問題の解決は不可能だ。自民党あたりは、政経分離は可能としているが、それは過去の話。今は、それは通用しない。

それに日本にとって、中国市場も、既に、それほど魅力はない。新しい中国の体制は、改革より保守を選択したから、今後、経済成長は見込めない。むしろバブル崩壊の可能性が早まるだろう。そんな中国と組んでみたところで、何も得られるものはない。

中国市場は大きいというが、日本のビジネスの対象になるのは、富裕層と言われる約3億人くらい。彼らは、いずれバブル崩壊で資産は毀損するだろうし、そもそも中国の体制転換により、富裕層は反逆罪で吊し上げになる可能性も否定できない。そうなれば、ビジネスどころではない。

韓国市場は、政治的には竹島の領土問題を考慮から外しても、そもそも韓国市場に魅力はなく論外。経済は、すでに破綻に近づいている。北朝鮮と共に、いずれ東アジアのお荷物になりかねない。FTAなど、日本にとって、とんでもないことだ。日本がお荷物を抱える義務はない。お荷物は日本国民の負担になることを忘れてはならない。

このように、日本にとって何の国益も得られないのだから、日中韓FTAは不要だ。日本はデフレなのに、更に日中韓FTAで、デフレを加速させることが必要だろうか。それはTTPと同じことだ。政府は、くだらない交渉に参加せず、もっと他のアジア諸国との経済協力連携に力を注いで欲しいものだ。

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2012年11月20日 (火)

ハエ男の嘆き

NHK深夜ドラマ『恋するハエ女』は、思考が同じところをぐるぐる回る女性を、ミムラさんがコミカルに演じている。30分ドラマの割に注目されている。確かに視聴したところ、話のテンポは速いが、割と面白い。

流風も、若い頃は、思考が堂々めぐりして、好きな女性にも告白できなかった苦い思い出がある。第三者から見れば、優柔不断と批判されても仕方のない状況だった。ある時点から変わりましたけれどね。人間、痛い目に遭わないと変わりません(笑)。

人間、いろんな面で、どこかで、殻を破らなければならない時が来る。でも、本質は変わらないなあ(苦笑)。今でも、いろいろ考え過ぎて、いろんなことのチャンスを逃している。成長しているようで、成長していないところもある。今更、どうしようもないが。

さて、本日のドラマの展開はどうなるのかな。早寝の流風にとっては、辛い時間帯。録画しようかな(笑)。

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高齢者市場再点検 その二

従来から、流風は公的介護保険の民間化を主張している。国民は全て、誰もが、介護状態になるリスクを抱えているが、それを公的介護にする意味は何なのか。特に介護保険には、要支援1、2というのがあるが、これは完全に民間の保険でやるべきだろう。

人間、早くから他者への依存を高めると、急速に衰えるということはよく知られている。姑が嫁に家事全般を任せたり、あるいは奪われたりした途端に、弱っていく傾向はかつてから指摘されていた。

すなわち、高齢者も役割を持つことが健康に過ごすのに必要なのだ。最近、男より早く亡くなる女性が増えているのは、家事を早くから放棄した結果とも考えられる。昔は、嫁は、姑にしごかれた(笑)ものだから、それが反発エネルギーとなって、結果的に長生きできた。

あまり楽に過ごすと、これからの女性は、健康に長生きできる保証はない。やりたいことができることはあまり幸せでないのかもしれない。まあ、それが本人の納得の生き方であれば、誰も文句をつけることはない。

随分と脱線してしまったが、基本的に、高齢者が役割をもってもらうことが大切だ。雇用においても、現役世代の邪魔をしない程度に、男女共に、いつまでも仕事に就くというのも悪くない。一日に1、2時間でもいいだろう。彼らが社会参加しやすいような仕組みにすることが必要だ。彼らを活用すれば、ビジネスメリットも大きいと思われる。

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2012年11月19日 (月)

高齢者市場再点検 その一

今回から、流風が感じる高齢者市場を考えてみよう。対象は、介護状態でない高齢者だ。まず指摘したいことは、高齢者の行き場だろう。女性の高齢者の場合は、趣味とかで、付き合いの範囲は広いから、行き場に困ることはないだろう。

問題になるのは男の高齢者。先輩方を観察していると、高齢者でも比較的若い時は、再就職されたりして、仕事の継続で、生きがいを見つけられている。ただ、それも一定年齢を過ぎると、個人差はあるが、引退して手持無沙汰の感がある。

引退すれば、やりたいことができるぞと、ゴルフ、旅行には行ってみたものの、毎日できるわけでもないし、相手の都合もある。そこで、時間が空いてしまう。そこをどう埋めるか。確かに、ボランティアという方法もあるが、人間関係は、複雑だ。現役時代の意識が働けば、それは却って辛いものになる。

彼らが集える場所はないものか。ただ、男は基本的に女性のように群れない。場所を提供しても時間的に拘束しない所がいい。ほどよい離合集散が望ましい。各種情報の提供や喫茶やヘルシー食の提供もいいだろう。そこにビジネスチャンスがあると思う。

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2012年11月18日 (日)

金融緩和という悪弊と、求められる新産業新興政策

日本銀行が金融緩和を継続して、その中身について、喧々囂々だ。しかし、政府が圧力をかけたようだが、この金融緩和は、一体誰のためのものだろうか。金融緩和をしたからと言って景気がよくなることはない。せいぜい、投資家が株式が一時的に上がって、喜ぶだけだろう。それも一時的なカンフル剤に過ぎない。

そもそも経済の実体をよくしないことには、本格的な株価上昇にはつながらない。お金だけ刷ったところで、将来のインフレ要因を拡大するだけだ。それに途上国にとっても迷惑なことだろう。国際金融は、貿易額の数倍以上のスピートで行き来している。

そんなところに金融緩和したところで、底なし沼に紙切れを投げるようなものである。だから、何もよくならない。実体経済をよくするには、テーマを決めて、明確な新しい産業政策が求めらるが、民主党政権では、内向きの政策に比重が行過ぎ、産業政策をどのようにするのか、あまり見えなかった。

そうかといって自民党が掲げる「国土強靭化政策」とかいう公共投資をするのも、時代遅れだ。全ての公共投資が無駄というわけではないが着眼点が悪い。もっと、本当に必要な公共投資の吟味が必要だろう。

また、国が何もかも決める時代は時代遅れなのも事実。もちろん、すべて地方に任せればうまく行くとも思えない。ただ、地域に任せるべきものは任せて、国は、一部だけ関与する方式が求められる。これには、最近注目されている米国も評価する「インドネシア統治手法」を研究して、それに合わせて、新産業政策が各地から提言されるのがいいかもしれない。

そのためには、地方で、もっと問題意識を持つ必要がある。地域の事情はそれぞれ異なる。必要なことも違う。国の一律の政策には馴染まないことも多い。国内をくまなく点検すれば、それぞれ必要なことが浮かび上がる。地方は課題はあるのだろうが、諦めから、それを国に上げていないのかもしれない。それは責任の放棄だ。主体性の放棄だ。

しかしながら、それでは駄目だ。自然災害対応でも、地方は国に依存体質を脱却して、自ら守る姿勢が必要だ。国にやってもらうという意識から抜け出す必要がある。そうしないと、いつまでも、地方の時代はやってこない。

次の政権では、新たな地域ごとの産業政策を明確にして、地方と協力して内需を振興してほしいものだ。それができないまま、TPP交渉参加するのは、国内経済を混乱させるだけだろう。まず、国内経済を改革して整える必要がある(単に既得権を守るだけでは駄目だ)。

*平成24年11月20日追記

安倍自民党総裁は、日銀法を改正して、建設国債を日銀に全て買い取らせると表明。馬鹿じゃなかろうか。一部の異端の学者の意見を取り入れたのだろうが、彼は考慮が足りない。果たして自分の頭で考えたのだろうか。この程度の頭脳の持ち主を国のトップにしていいのだろうか。

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2012年11月17日 (土)

冬は首を温めよ

数日前から、本格的な冬がやってきた。流風は寒いのは苦手。そういうわけで、寒くなる前から、冬支度は完了していた。コタツ、ストーブの類は早くから出していたし、毛布や冬用の下着も完璧(笑)。下着は、今年からババシャツ、ズボン下を用意。衣料専門店やスーパーから、それに類したものが出ているが、そうではなく、伝統的なババシャツ、ズボン下。

父は、長く、その愛好家だったが、流風は何となく、嫌だった。ところが、いざ着用してみると、何と温かいことか。ほんとにぽかぽかする。なるほどね。今まで、寝間に、電気あんかとか電機毛布を使っていたが、全く必要ない。これほどとは。

そして、今年から実行していることは、ある人からアドバイスを受けて、家の中でも、マフラーをしていること。実は、古い家のため、暖房効率があまりよくない。暖房を掛け過ぎると、暖房費が非常にたくさんかかる。それで、身体を冷やさないように工夫したのが、マフラーの利用。

特に、朝と夜、そうすることで、非常に体調がいい。ちょっとしたことだけれど、首を温かくすることで、全身を温かくする効果があるらしい。屋外に出かける時は、マフラーをすることは多いが、屋内では、あまり考えなかった。他人さまからのアドバイスも、時には役に立つ。

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2012年11月16日 (金)

神戸の横尾忠則現代美術館に行く

2012年11月3日に、横尾忠則現代美術館がオープンしたと聞いたので、行ってきた。場所は、前の兵庫県立美術館の西館だ。1936年生まれで、兵庫県西脇市出身の横尾氏から県に3000点に及ぶ作品が寄贈されたため、西館をリニューアルして作られた。

彼の作品は、以前、阪神淡路大震災の後、息抜きに西脇市にある「西脇市岡之山美術館」に行って鑑賞したことがある。当時は、随分派手なイラストだなと思った以上のことは感じなかった。つまり何を表現されているのか、よく分からなかった。現代アートに対する関心もそれほどではないのに、なぜ行ったのか、今でも不思議だ。

さて、今回は、懐かしさもあり、開館を聞いて行こうと決めた。行ってみると、割と高齢者の方も多い。中年の人もいる。もちろん、若い人も来ている。どの年代層にも、新鮮かもしれない。何かしら、今後、ブームが来そうな予感。

展示内容は、開館記念展Ⅰとして、『反反復復反復』(二度ある美は三度ある)のというテーマだった。これは彼が特定のモチーフを違った年代に何回も描いているところから来ているようだ。彼の心の変遷を表しているのかもしれない。その時、その時の心象風景と言えるのだろうか。

それは対象と、それを描く自己の変化の葛藤と言えるかもしれない。氏は、日記を作品にしているに過ぎないと考えているようだが、そこには対象と自己の深い観察から描かれる。だから、鑑賞者には、一部の作品だけを断片的に観ると、なかなか、その本当のことが分からない。

ところが、今回の一連の作品群を観てみると、横尾氏が考えていたことが、何となく分る展示になっている。なるほどなあと感じる作品が少なからずあった。この展覧会を通じて、横尾忠則氏と流風との距離が、少し近くになったと思う。彼の人生観も、少し分ったような気がする。

彼にとって、アートは、常に実験の場であるようだ。同じモチーフを何回も描くのは、結局、彼はオリジナリティを尊重しつつ、常に自己を革新していくという試みがしたかったのだろう。よって、いつまでも完成はない。それは人生と同じことだろう。

*参考

   横尾忠則現代美術館

    http://www.ytmoca.jp/

阪急電車王子公園駅を下車し、王子動物園方向に歩き、動物園前の信号を渡り、更に西に行くと兵庫県立美術館 王子分館に着く。その西館が横尾忠則現代美術館。なお、王子公園前のミュージアムロードを南下すると、新しい兵庫県立美術館につながる。時間がある方はどうぞ。

なお、横尾忠則現代美術館は、受付の方によると、年4回入れ替えがあるようだ。季節ごとに横尾忠則氏の作品を鑑賞するのもいいかもしれない。

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2012年11月15日 (木)

望まれる安定政権

野田首相が、定数削減を条件に解散を約束したことで、政界は大騒ぎのようだ。首相にすれば、野党からも突き上げられ、与党から突き上げられ、辛抱強く対応してきたが、「馬鹿野郎」と言いたくなりたくなるような心境であったに違いない。

流風は、本来、自民党政権で上げるべきだった消費税増税をやったことで、野田首相を高く評価している。それは財界の見方とは異なる。財界は、消費税増税により、輸出に伴う税還付の上積みを期待している。それはあくまで私企業のエゴ的な見方に過ぎない。

しかし、流風は少子高齢化による逆ピラミッド型の人口構成になるので、社会保障の負担を皆でやっていくには、消費税増税は致し方ない判断だったと思う。自民党政権では、残念ながら誰もできなかった。果たして、自民党に覚悟のある政治家がいたのかどうか。

それでは解散後の政権はどのようであるのが望ましいのか。基本的に安定政権であることが望ましい。首相や外相が、ころころ変わるのでは、海外に不信感を与えてしまうし、日本の世界的地位も低下する。国民経済に与える影響も大きい。

ところが、マスコミの囃すような、自公で過半数を押えることは難しいだろう。自民党は、比例代表では、前回の議席を大幅に上回ることは確かだろうが、資金的な制約もあり、単独で過半数には及ばないだろう。

それに政策が全く見えないから、無党派層から支持を受けるには限界がある。エネルギー政策、経済政策、金融政策、外交政策、全て不透明だ。むしろ、だんまりを決め込み、隠している雰囲気がある。

とりあえず、政権復帰したら、やりたいように何でもできるという感じだ。ここに不信感を持つ人は多い。また候補予定者に、二世、三世議員が議員が多いのは、公約違反で、古い体質からなかなか抜け出せないようだ。そこが支持が広がらない原因だ(*注)。

公明党は、支持母体は固いとは言うものの、第三勢力により国民の選挙への関心が高まり投票率が高まれば、それほど議席数は伸びないだろう。

それでは、民主党はどうであろうか。一般に政権党は、ある程度の議席は確保する。資金面で問題がないからだ。支持母体からは一定の票を獲得できる。ただ前回のような無党派層からの支持は得られないから、その分は議席が無くなる可能性が高い。

ところが、無党派層に支持されて当選した議員は、ほとんどが比例代表の人たちで、彼らはすでに離党している。だから、直接的な影響は、ほとんど受けない。そして、選挙区は一部の議員を除いては、票は伸びないが、候補者乱立の影響で、概ね議席を確保することも考えられる。

しかしながら、選挙は、いろんな思惑で投票するので、あまり政策の純化路線を強行すれば大敗する可能性もある(*注)。そうなれば、最悪、民主党は解党の道を歩むのだろう。ただ、政策の違いで亀裂ができて、選挙の当落の可能性を睨んで離党する人が増えることが、離党しても、当選が約束されたわけでもない。むしろリスクを抱えるようなものだ。

第三勢力には、次の選挙ではあまり期待していない。政治実績のない政党には、過大な期待はできない。民主党を離党した日本維新の会の議員が国会で質問していたが、頓珍漢な質問で、こりゃ駄目だと思った。質問に深さが足りない。あれでは支持を得られない。

日本維新の会は、橋下大阪市長の発言で注目を浴びているが、現在の議員はとりあえずの寄せ集めで、強い勢力になるには、自前の議員を増やさなければ、まだまだ時間がかかるだろう。ただ、今回の選挙では、ある程度の議席は確保するだろう。

小沢新党は、選挙手法には長けているが、資金不足は否めない。ただ、若い人には、比較的支持を受けている。でも、小沢氏は、民主党時代に、いい加減なマニュフェストを作った張本人だ。それを知らない人が投票して、ある程度の議席は確保するかもしれないが、議席は減らす可能性が高い。

石原新党は「爺爺政党」で、棺桶に足を突っ込んだような人たちが、何を今更バタバタしているのかという感じ。政策が真逆の日本維新の会とも連携は無理だろう(最近の報道によると、合流で同意したらしい。一般人には、理解不可能)。

みんなの党も、この党とくっつこうとした判断は痛い(最近の報道では、第三極とは合流しないようだ)。あまりふらふらすると、党の特徴が無くなり、支持は伸ばせず、埋没する可能性の方が高い。

となると、結局、どの党も過半数は握れず、安定政権を築くには、民主党・自民党の連立政権(民主党、自民党は、最終的には合同が望ましい。政策を歪める公明党と国民新党ははずす)が現実的となる。

なぜなら、自民党は政権を握っても、安倍スキャンダルで政権崩壊するリスクを抱えている。国民としては、そういった場合も、対処できる政権にしておく必要があるからだ。米国の有力者も、安定政権を望んでいるようだ。彼らは、一体、誰と話せばよいのか、不信感を持っている。

安定政権のために、どのように判断すべきか。今、国民は、少し先を見通した判断で、選挙区、比例区の投票配分テクニックも問われている。投票結果が、どのようになるのか、少し楽しみだ。それほどに今回の一票の意味は大きい。

*注

安倍自民党の政策の失言で、自民党は墓穴を掘り、民主党の大敗の可能性はなくなった。

*平成24年11月28日追記

自民党の公約が発表されたが、原発維持、地方分権反対、金融緩和拡大等で、各界の反発が強く、それほど支持は得られないかもしれない。期待した以上に議席は増えないだろう。

第三極は分裂気味で、日本維新は石原氏の罠にかかって崩壊寸前だ。訳の分からない党になってしまった。公約を発表したが、あまりにもご都合主義。あまりにもふらふらしすぎて、橋下氏のよさは無くなってしまった。

原発廃止派(日本未来の党)は、寄せ集めだが、主張がシンプルなため、案外、浮動票や自民票が流れて議席を確保するかもしれない。ただ、小沢色が強まり、バラマキ政策のマニュフェストが出たので、この政党も、最早、期待できない。

みんなの党は、党首が訳の分からない「アジェンダ」を言い過ぎる。選挙民に分りやすく主張するには、外国語を使うなと言いたい。公明党は相変わらず、日和見主義。どうでもいい党だ。

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2012年11月14日 (水)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その十

義一氏が選んだ商人道の言葉 も、キリがないので、今回で一応終わりにしよう。今回の彼の選んだ言葉は、「ヒキとサツアイ」だ。これらの言葉は、隠語。

まず、「ヒキ」とは、人を惹きつける魅力を商人は持たなければならない。人が寄ってこないと商売にならないからだ。その必要条件として、彼は次のことを挙げている。笑顔、決断、大きな声、ユーモア。

これらを解説すれば、次のようになるだろう。笑顔で、人懐っこく引き寄せ、商談に対する駆け引きは即断即決、元気な大きな声で相手に信頼感を与え、そして冗談等を交えて周りの雰囲気をよくする。

次に、「サツアイ」。これは言葉をひっくり返す業界人がよく使う言葉。挨拶のこと。義一は、挨拶には二種類あると指摘する。それは公的挨拶と私的挨拶。公的挨拶は、ありふれた一般の挨拶。私的挨拶とは、相手を観察して挨拶すること。それが揃わないと、商人の挨拶にはならないと言う。

それから彼は指摘していないが、挨拶は先にした者勝ち。よく先輩から挨拶負けするなと言われたものだ。また相手から返事がなくても、挨拶はし続けろとも。相手を呑み込む勢いと度量が商売には必要だ。

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2012年11月13日 (火)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その九

今回の義一氏が選んだ商人道の言葉は、「損して得とれ」。義一氏が言うには、多くの人は、この言葉を、きちんと理解していないという。彼は、この言葉は、在庫の問題を言っているのだと指摘する。

そういうと、流風も現役時代、上司から、在庫については、口を酸っぱくして言われたものだ。商品は、売れている時は、いいが、一旦売れなくなると、在庫になる。在庫すると、スペースは取るし、在庫の管理コストもかかる。

倉庫を借りていれば、その費用もかかる。更に、いつまでも金にならないから、金利分、損することになる。それに商品価値は、日に日に減価していく。よって、お金を寝かすタンス預金より、たちが悪い。そんな在庫をいつまでも持っていても仕方ない。

ところが、いつか、また売れるだろうと、在庫を持ち続ける経営者が多い。だが、それは女性が、いつか、また着るだろうと服をタンスに入れたままにする、タンスの肥やしにするのと同じだ。最終的には廃棄処分せざるを得ない。

それなら、そうなる前に、見切り処分して、少しの金にでも換金した方が賢明だ。そうすれば、在庫コストも低減できるし、金利も無駄がなくなる。そして、そのお金で、次の新商品に展開して行けば、顧客は、いつも新しいものを目にすることになり、流行ることになる。

すなわち、経営者は、どんな商品も“腐る”のだと思っておれば間違いない。「損して得とれ」とは、こういう見切りという理解が正しいということだ。

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TPPと人権救済法案の危うさ

野田民主党政権も、政権末期になってきたのか、選挙に向けて、いろんな発言やアクションを起こしているが、拙速な感じは否めない。その典型が、TPPへの交渉参加表明と人権救済法案の提出であろう。

TPPの本質は、FTA同様、米国が輸出を増やしたいという思惑だ。すなわち、従来の国内市場を開放して、多額の借金を積み重ねて、輸入を増やしてきたが、限界だと、米国が悟った結果の政策だ。もちろん、世界で主導権を取り続けたいということもあろう。

ただ、FTAにしろ、その延長であるTPPにしろ、やり方を間違えれば、却って世界市場を委縮させてしまう。自由市場を作るつもりが、逆効果になる可能性がある。米国の思惑が自由主義経済を駄目にしてしまう可能性がある。

そもそも、多数のFTAは、途上国に影響を及ぼす。発展途上国の発展度合いは、それぞれ異なっており、単一市場にするには、まだ早すぎる感がある。TPPには、発展途上国は、一部しか参加していないが、国のレベルが近ければいいが、大国が参加すると、該当国は、混乱する可能性がある。先進諸国が首を突っ込むと、結局、市場をかき回して、市場が成長しなくなるリスクがあるのだ。

それにFTAやTTPは、戦前のブロック経済とまでは行かないだろうが、各国がTPPは、国家権の侵害だとして、保守的な志向を強めかねない。だから、米国や日本は、FTAやTPPへの参加には慎重になる必要があるだろう。

また、各国は、それぞれ雇用の問題を抱えており、それの調整は大変難しい。果たして、自国の失業を出してまで、他国の繁栄を、どの国が望むだろうかということだ。TPPに参加表明は現時点では、望ましくない。

次に、「人権救済法案」は、すでに閣議決定されていて、民主党は法案を提出するようだ。確かに、字面だけ見ると、人権侵害から守るという、いい法案のように見えるが、非常に法律案が曖昧で、いろんな解釈をされる可能性がある。それゆえ、この法律の危うさを指摘する人は多い。

人権を楯に、海外の人間が、いろんな問題を起こすことも考えられる。それに三条委員会の権力の問題もある。戦前の悪い制度を連想する高齢者も多い。すなわち、人の統制のために、悪用される可能性が高い。以前にも触れたが、国際社会は、性善説では、やっていけない面がある。民主党の「人権救済法案」の提出は、極めて拙速と言わざるを得ない。

二つとも、過大に海外に配慮しすぎると、いずれ、国内で大きな問題になりうる。TPPと人権救済法案も、中身の再吟味、練り直しが求められる。そうしないと、民主党は、次回の選挙で、なかなか支持を集められないだろう。人権救済法案については小沢氏が率いる生活が第一にも言えることだ。

*追記

民主党は、赤字国債法案を通すため、今回は、人権救済法案を提出したが、審議は断念したようだ。ただ、今後、どのような政権ができるのかわからないが、この法案が吹き返す可能性も無きにしも非ずだ。多くの人々は、関心を持ちつつ、今後の成り行きに注意が必要だ。基本は、三権分立を阻害するので、潰すことが望ましい。

*平成24年11月20日追記

野田民主党は、TPP交渉参加に熱心だが、TPPのリスクを理解していないように見える。公約に謳い、それに反する議員は公認しないという、何と偏狭な。ただ参加に慎重な農業系議員には配慮するして公約を修正するようだが、TPPリスクは農業以外の面が大きい。米国の狙いは、そこなのに、全く理解していないのは嘆かわしい。

*平成28年10月14日追記

自民党安倍政権になっても、TPPに対して、かつての野田民主党政権と同じ過ちをしようとしている。大体、TPPで潤うのは、国民経済の一割ほどの輸出企業のみで、その他の八割の国民経済にとって何のメリットもなく、デメリットを押し付けられるだけだ。

そのことは米国でも、同様の議論になっており、大統領候補たちも、TPPに対して消極的姿勢を示している。そんな環境下、TPPを推進しようとする安倍政権の思惑は一体、何なのか。政治献金絡みなのだろうか。

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2012年11月12日 (月)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その八

今回の義一氏が選んだ商人道の言葉は、大阪商人の子供に対する教育の言葉。それが、「三掛け」と「三ず」だ。まず「三掛け」は次のことを指す。

  他人、親に対して、

      決して心配を掛けるな、

      迷惑をかけるな、

      そして不幸をかけるな。

他人さまに迷惑をかけるなとは、流風もよく親に言われたが、「心配を掛けるな、不幸をかけるな」とは、あまり言われなかった。多分、今から考えると、「迷惑をかけるな」だけでは、不十分と思う。やはり「三掛け」にならないといけないようだ。

もう一つの、「三ず」は次の通り。

      金貸さず、役就かず、判せず

他人に金を貸してはならないとは、祖父からも、よく言われた。どんな親しい人でも、あるいは親戚でも、金は貸してはならないと。どうしても貸したいなら、差し上げた方がましとも。

役就かずとは、いろんな商売をしていると、いろんな役が回ってくるが、極力受けないことだ。そうしないと本業が疎かになる。左前になっても誰も責任は取ってもらえない。

判せずとは、これも親から口が酸っぱくなるほど言われたが、どんなになっても他人の保証人で判を押してはならないということ。判を押して財産を失った人は極めて多い。

こういうことを子供時代に、しっかりと教育するのが大阪商人の心得だ。

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2012年11月11日 (日)

TPPとアジア太平洋地域の各種地域経済協力機構について

TPP(環太平洋経済連携協定)の議論が賑やかで、野田首相は、野党との立場を明確にするため、交渉参加を表明している。それは自民党が反対しているため、選挙がらみで、財界へのアプローチと捉えられる。そこで、国民からわかりにくい、TPPの背景を整理してみようと思う。

アジア太平洋地域には、TPP以外に、各種地域経済協力機構が存在する。参加している国々は次のようだ(*注)。

●東南アジア諸国連合(ASEAN)

  タイ、フィリピン、カンボジア、ラオス、ミャンマー

  インドネシア、マレーシア

  シンガポール、ブルネイ、ベトナム

●東南アジア諸国連合プラス3

      プラス3は、韓国、中国、日本

●東南アジア諸国連合プラス6(RCEP)

      プラス6とは、

  プラス3にインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えたもの。

    2015年妥結見通し。

  約20兆ドル市場

  対象人口は34億人

また、厳密には環太平洋ではないが、重要な経済協力機構として、次のものが存在する。

●サンパウロ・ラウンド

  ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン、キューバ

  エジプト、モロッコ

  インド、インドネシア、マレーシア

  韓国

一応、以上のようになるのだが、、これらを推し進めすぎると、ブロック経済につながる危険性を孕んでいる。参加各国の経済レベルが、ある程度、確立されれば、解散する必要がある。そして、新たな段階での、経済協力機構化(グループ化)が求められる。

因みに、TPPの現在の参加国は次のようになっている。

●環太平洋経済連携協定(TPP)

  マレーシア、シンガポール、ブルネイ、ベトナム

  タイが2012年交渉参加表明

  オーストラリア、ニュージーランド

  米国、チリ、ペルー、カナダ、メキシコ

  2013年妥結目指す

  約20兆ドルの市場規模

  対象人口は7億人

TPPは、これらの組織の参加国としては、すでに枠が一杯な状況だ。これらの組織は大体十カ国が限界だからだ。それに大国の米国が直接のメンバーとして参加しており、異様な感じがする。日本も、直接参加するのは、やはりおかしいと言えよう。

参加というより、プラス方式でいいと思う。すなわち、参加というより関与。機構整備に協力すればいい。明らかに国力が異なるわけで、メンバー間の力の不均衡は否めない。よって、米国が望むような成果は得られないだろう。

TPPの米国の意図は、様々に伝えられるが、基本的に輸出をアジア地域に増やしたい気持ちがあるのだろう。ただ、現在の参加国の状態はばらばらで、どういう意図で参加しているのかぼやけている。

それに、まずASEAN全体の市場整備には時間がかかり、未整備の段階で、TPP参加国だけを囲い込んでも、あまり成果は望めない。日本は、今、まずASEAN全体の市場整備に傾注すべきであり、まだTPPの段階に至っていないことを米国に伝えるべきだ。

また米国と日本との経済関係は、二国間で話し合えばいいことで、TPPで複数国になれば、関係が、複雑になるだけだろう。現状、日本のTPP参加にあまり意味はないと決論できる。

*注

他に、アジア太平洋経済協力会議(APEC)があり、WTOの精神に似通うが、残念ながら、既に、有名無実化している。本来は、APECの主旨が正しい。

今はFTAのような、やり方が全盛で、たくさんできているが、結局、世界市場を切り分けるようなもので、あまり望ましくない。TPPはFTAの延長のようなものだが、単に「環太平洋国家」というだけで集めており、国のレベルがばらばらで、その哲学が見えないことが致命的だ。下手をすれば、中身は異なるが、ユーロの二の舞になりかねない。

 

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2012年11月 9日 (金)

赤穂の田淵記念館に行く

赤穂に田淵記念館というところがある。昔、誰かに近所まで連れて行ってもらって前を通って話に聞いた記憶はあるが、その時は中に入らなかった。それで、あまり覚えていなかったので、今回、改めて自分の意志で行ってきた。

正式名は「赤穂市立美術工芸館 田淵記念館」だ。なぜ田淵記念館というかと言うと、平成6年に、田淵家より、美術品・古文書類が寄贈され、平成9年に建築物が造られたからだ。田淵家というのは、昔、母から聞いた記憶はある。

田淵家は、延宝元年(1673)より、「川口屋」の屋号で、塩田・塩問屋・塩廻船業を営み、繁栄した。それゆえ、赤穂藩とのつながりも深く、明石藩主を自邸に招いたりもしている。歴代の当主は、資産家にありがちだが、芸能を嗜み、茶の湯にも深く好むようになる。それがため、邸内はお茶の嗜みに基づき構成されている。よって庭園も、風流に造られているらしいが、常時公開していないので、今回は確認はできなかった。

その工芸館で、今回は平成24年度特別展として、「法橋文信展」が開催されていた(12月17日まで)。法橋とは、僧侶に準じて絵師に与えられた称号のこと。そして、文信とは画号で、北條暉水のこと。彼は、天保十二年(1841)に、現在の赤穂市尾崎に生まれた。

彼は15歳で、同じく赤穂出身で法橋だった長安義信に入門。後、土佐派画院御所に入り、土佐光文に師事している。文信の画号は、土佐光文と長安義信の名より、一文字ずつもらったのだろうか。そして、23歳の若さで、師匠がなった年齢より早く、法橋位に叙せられる。文信は、それほど才能豊かで、誰も認めざるを得なかった。天才だっと言われる由縁だ。

鑑賞した感想は、こんなに立派な絵があったのかという印象。今まで、いろんな日本画の絵を鑑賞してきたが、一般人の流風が言うのもなんだが、極めて優れていると思う。今回は、80点ある内、約50点ほどの展示(11月14日に30点ほど入れ替え)。

その中で、個人的には、『山水花鳥人物図押絵貼屏風』、『珠取海女図』、『十二支図』、『仙人図』、『鶴図屏風』、『草花図屏風』などは、実にすばらしかった。これらは、いずれも、高齢になってからのものだ。

一体、どこに惹かれるのだろうか。専門家でないので、細かいことは分らない。図録を見ただけではよく分からないが、実物はどこか迫ってくるものがある。それに雰囲気がいい。文信の人間性が、そのまま表れているのだろう。作品全体に、どこか上品なものを漂わせる。解説には、繊細で流麗な手法とある。多分、これは多分深い教養の上に、描かれたものだ。どんな人だったのだろうと思った。

*参考 田淵記念館 

  http://www2.memenet.or.jp/~akoharm/tabuchi/index.htm

交通は、JR播州赤穂駅を下車して、ウエスト神姫というバスに乗って、12個目くらいの停留所「川口町東」下車すぐ前だ。バスの運行はあまりよくないので、注意が必要。今回は、JRの駅の南側の階段を降りると、すぐウエスト神姫の待合所があり、しばらくするとすぐバスが来た。

帰りは、一時間に1本しかなかったが、幸い、時間の10分前に停留所にいたので、ラッキー。いつも、そんなにうまくいかないので、体力のある方は、駅近くの貸し自転車の利用で、あちこちうろうろしてみるのもいい。体力に自信のない方で、時間の無い方は、タクシーの利用がいいかもしれない。記念館に行くだけで、時間を気にしない方は、もちろん料金の安いバスがいいだろう(片道290円)。

なお、当日は、観光バスで高齢者の団体客が、入れ替わり立ち替わり、入場され、少し賑やかであった。当地の観光名所になっているのかもしれない。

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2012年11月 8日 (木)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その七

今回の義一氏が選んだ商人道の言葉は、西鶴が記した「商人の条件 始末・才覚・算用」だ。このことは以前のブログでも記したから、くどくど書きたくないが、一応、彼の説明が分りやすいので、そのまま示しておこう。

その前に、「危機」という文字の説明をし、「危」は「リスク」であり、「機」は「チャンス」と今の言葉で読み替えることができると言っている。この文字は、昔の人も、リスクとチャンスは背中合わせということを十分心得ていたという証拠だ。

その上で、危機に対処する上での、始末・才覚・算用を説明している。どんな経営学の本を読むより的確だ(笑)。昔の商人は、簡略に、経営の本質を見抜いていたということだ。

まず、始末について、義一氏は、「始末は始まりと終わりがぴったり合うように細かな点の帳尻を合わすこと、節約すること」と説明。

才覚については、「商人は、どんな時でも、知恵才覚をフル回転させて事業に励め」とし、「アイデア、企画力、先見性をもって、時代の先取りをし、技術革新に徹すべき」と着眼、構想の大切さを説明している。

更に、算用については、「先見性を十分に」備えた上に、「採算を綿密にして積み上げ」、「緻密な管理体制」の構築の重要性を説明している。

これらが三拍子整った企業のみが生き残れるのは、いつの時代も変わらない。

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政治に疎い経営者たち

前中国特命全権大使・丹羽宇一郎氏の国益を無視した発言が問題になっていた。氏は民間人である時から、国益を無視した発言をしているから、彼を中国大使に指名した民主党政権の馬鹿さ加減がよく分かる事例だ。

彼は、元伊藤忠のトップだった人間だが、経営者として優れていても、政治家・外交官としては、三流以下と言えよう。いや、論外なのかもしれない。それほど劣悪だ。日本人としての意識もなく、非常識な発言を繰り返した意図は何なのか。

基本的に経済人として、国益を考えず、利益しか見ていないことだろう。それは経団連のトップと発言と似通うところがある。彼らは日本人の顔をしているが、最早、日本人とは言えない人達だ。多国籍企業のトップがすべて、そうだと思いたくないが、株主の顔色ばかり見て、利益に執着すると間違った判断をする。

しかしながら、国や国民があって企業があることを忘れてはならないだろう。どんなに日本を離れて活動しようが、日本を基軸に物を考える習慣を無くせば、その存在価値は薄れる。日本を忘れた無国籍企業になっては、最早、日本にとって害毒以外の何物でもないだろう。

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2012年11月 7日 (水)

紅葉の季節 2012

自宅にも紅葉はあるが、ノムラモミジだから、春の方が美しい。別のモミジもあるにはあるが、まだ背が低く、紅葉を楽しむ段階ではない。近所の公園では、紅葉が進んでいる。紅葉狩りにいい季節だ。多くの人々も、それを目当てに出かけているようだ。確かに少し寒くなってきたが、日中は日当たりがちょうど快い。紅葉を見ながら散歩も悪くない。

そういうと、好古園(姫路城西御屋敷跡庭園*参考参照)では、11月16日から紅葉会が催され、日没からライトアップもされるという。そのため、金、土、日、祝日は、午後8時まで開園する(12月2日まで)。日によっては演奏会も催され、運が良ければ聞くこともできるらしい。

また、書写山円教寺近辺では、「書写山もみじまつり」が11月23日から25日の三日間、催される。ロープウェイからの眺めがいい。参道を歩いてもいいが、服装は羽織るもの一枚余計に持って行った方が無難。

それに以前紹介した、たつの市の紅葉谷、聚遠亭、東山公園あたりも、いい感じになっているはずだ。以上の場所だけでなく、近くの多くの山々も紅葉になっている。少しの期間だけれど、楽しみたいものだ。

*参考

  好古園 http://www.city.himeji.lg.jp/koukoen/

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義一氏が選んだ商人道の言葉 その六

 「分限には、よき手代あること第一なり」

藤本義一氏は、度々、手代の重要性を説く。あらゆるビジネスは人材にかかっていることは間違いない。人材の成長なくして、企業の成長がないのは確かだ。

それでは、手代とは、そもそも何か。彼によると、現代の部長職に相当するという。手代は10歳くらいで、丁稚として入店して、見習いを経て、試験等の結果、本採用になる。そして、早くて10年、遅い人は30年かかって、手代になるという。出世の遅速は現代でも同じだ。

手代はビジネスの中心をなす。彼ら次第で、事業の浮沈がある。だから、手代を評価する基準は厳しい。

 一、仕入れの知識と知恵

 二、商品の売り捌き方の巧拙

 三、店頭取引の敏速性

 四、顧客への接客の巧みさ

 五、帳簿の整理

 六、営業全体への目配り

 七、内外の冠婚葬祭への目配り

 八、裏方への配慮

 九、上からの絶大な信望

 十、部下からの支持される人望

これらについて満点を出さないと、上(小番頭、中番頭、大番頭)には上がれなかったようだ。しかし、実際は、帯に短し、襷に長しと、満点を出す者は、少ない。その中で頭角を現すのは、やはり、それなりの人物ということになる。

また手代については、彼は次の言葉も挙げている。

 「手代の仕損じ主の罪」

手代が、いろいろ正しく努力してやっても、見通しを誤り、失敗することがある。その時、手代を叱るのは間違っているとしている。手代の失敗は手代に任せた主人の失敗と言っている。手代も失敗を通じて成長していく。主人は、手代にどの程度まで失敗を許すかは、主人の裁量なのだ。この規定は、『商人生業鑑』にちゃんと謳っているらしい。現代の経営者は、果たしてどうだろうか。いい加減な任せた方をした結果、部下が失敗しても、保身に走り、安易にトカゲのしっぽ切りをしていないか。

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2012年11月 6日 (火)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その五

親は、子供の名をつける時、ある期待を抱いて名づける。こういう人間になって欲しいと。藤本義一氏の場合は、彼の父が大阪商人だったからと彼の名前は名付けられたと推測している。義一の「義」は、そもそも「蟻」でなかったかと。

だが、彼は親に確認しているわけでもなさそうなので、実際は分らない。でも、彼は、そう思いたかったのだろう。そして、彼は、自分の名からの発想で、商人について、『渡世肝要記』にある次の言葉を挙げている。

  「商人は蟻の如くに、身を養ふようにつとむべし」

解説は不要だろうが、蟻のように、身を粉にして、せっせせっせと食物を運ぶ様子は、商人と似ている。そのようにして、厳しい冬に備える。キリギリスのように、遊び呆けたりしない。そして、大事なことは、蟻は仲間を大切にする。そして、蟻は貯めた食物は一人占めしないように、商人も同業者を大切にしなさいと言っている。

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2012年11月 5日 (月)

姫路食博2012・ふれあいフェスティバルもうすぐ開催

毎年恒例の『姫路食博2012』が、もうすぐ開催される。開催日は、11月10日(土)、11日(日)。両日とも午前10時から午後4時まで。場所は姫路大手前公園。

また、「姫路食博」とは銘打っているけれど、兵庫全域から48団体、78店出店するので、いろんな料理が味わえる。ただ、あれもこれもは限界があるので、流風は、毎年、ある程度、ターゲットを絞って、店探しをしている。でも、実際は、現地に行ってみて変わるんだけれど(笑)。

つまり、できるだけ食べる物を変えて、食したことがない物を食べるようにしている。それでも、なかなか全てをまだ経験できていない。まあ、一遍に、「兵庫のうまいもん」は食いつくせないということ。

なお、大手前公園と大手前通りの西側の家老屋敷跡公園では、ふれあいの祭典として、中播磨『ふれあいフェスティバル』が同時開催される。7つのテーマで、200以上のブースができ、いろんなパフォーマンスが計画されている(*注)。

特設ステージ(大手前公園内)でも、いろんな催しがされるようだ。11月10日には、「神戸・清盛隊」が参上するということだ。午後2時からは、東日本大震災復興ステージがある。11日には、中播磨の祭り・伝統芸能が集まる。また黒田官兵衛関係の催し、子ども劇団による三ッ山大祭ミュージカル、東日本災害ボランティアによる踊り、各種演奏等もある。

*注 7つのテーマ

  一、伝統と歴史を感じる

  二、楽しみながらひょうごツウ

  三、絆を深める

  四、遊びがいっぱい

  五、知る・学ぶ・体験する

  六、食を通して笑顔になろう

  七、賑わいあふれるパフォーマンスストリート

*平成24年11月10日追記

姫路食博2012・ふれあいフェスティバルに行ってきました。朝は寒かったので、服装に迷いましたが、少し温かめにして出かけたところ、ぽかぽかの陽気。小春日和と言うんですかねえ。

例によって、朝早くから、人が集まっている。以前の食博の全国大会と比べると、割と並ばずに済んだが、人気のコーナーには列ができていた。今年は県立歴史博物館で円心の催しをやっていたので、上郡町観光案内所が出していた「円心モロうどん」をまず頂いた。これは、うどんにモロヘイヤを練り込んだものだ。普通のうどんと食感は変わらないが、健康にはよさそう。

次に、何を食するか多少迷ったが、淡路島観光協会が出していた淡路島牛丼を味わう。淡路島で取れた牛肉と玉ねぎ。牛丼屋の牛丼と違って、御飯少なめで牛肉たっぷり。これはお値打ち品。久しぶりに味わった牛丼だが、美味しかった。

後は、来年のことを考えて(笑)、出店商品の品定め。目ぼしいものがいくつかありました。その後は、ふれあいフェスティバルの会場へ。なるほどそういう催しか。いろんな人々の活動内容の紹介があった。

ただ、少し、コマが多すぎる感じ。じっくり見るには、疲れる。また人が集まるコマとそうでないコマに差があり過ぎた。仕方ない面もあるのだけれど。やはり声掛けのうまいコーナーには、どうしても立ち寄る。それができないコーナーはパスしがち。高校生も恥ずかしがらず、声を出して欲しいものだ。

でも、なんとなく、内容は分った。来年以降も、こういう催しがあるのなら、行ってみたい。また、いろんな相談コーナーがあったが、展示内容の事前認知作業(ネットで公開されているが、それだけでは不十分)がないと、なかなか盛り上がりにくい面もあるので、その辺の広報の強化は求められる。

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義一氏が選んだ商人道の言葉 その四

今回の義一氏が選んだ商人道の言葉は、『商人生業鑑』にある「鵜の真似する烏」。これは隣の芝生は青いと表現が似ている。何かと他人の持ち物が自分の物より、よく感じられたり、他社のビジネスが自社のビジネスよりおいしいという錯覚を人はよくする。

商いも、他社が、ある事業で成功していると、真似したくなる。それが本業と関わりのある場合は、まだいいが、全く関係ない場合は、改めてノウハウを蓄積しなければならない。後追いは楽そうに見えるが、他社も成功するまでは、いろいろ苦労を重ねていることが多い。そこには独特のノウハウの上に、やっと成功している場合が多く、いざ挑戦してみると、簡単そうに見えても、なかなか難しい場合が多い。

結局、無駄な投資をして、多くの損失を出すことが多い。後に何か残ればいいが、大体、残るのは空しさだけ。そういうことで本業に回帰せざるを得ない。それは大変な回り道だ。確かに本業だけだと飽きてくることがあるが、それを工夫して深さを追求するのが経営者の仕事。

本業を、切れ味のいい鋭刀より、むしろ鈍刀のように守っていれば、いつか自分の時代が来る。一時的に鋭く切れても、折れてしまっては無意味。経営はあまり器用にやると誤る。周囲に惑わされず、自己を見つめて耕し、どっしりとした落ち着きのある経営をやれと、彼は言いたかったようだ。

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2012年11月 4日 (日)

姫路の三木美術館に行く

姫路全国陶器市の帰りに、前々から、少し気になっていた三木美術館に、展示内容も確認せずに、ふらっと初めて寄ってみた。三木美術館は、姫路市市街地にあり、お城に近いロケーションだ。美樹ビルの三階、四階にある。ただ、立地はいい場所にあるのに、近隣の看板の影響か、あるいは建築物が少し奥まっているためか、少し分りにくいので、見過ごしてしまう人も多い。訪問したが、大変静かだった(笑。鑑賞するには嬉しいことだけれど)。

この美術館は、ガス関連事業を営んでいる(但し、現在はゼネコンの位置づけらしい)美樹工業株式会社の取締役会長兼社長の三木茂克氏が、50年にわたりコレクションされたものを美術館にして公開されたものだ。美術品蒐集家という人種は、概ね、個人で楽しむ方が多いが、それを公開されたのは英断だろう。

姫路市には、美術館関係の施設が意外と少ない。ほとんどが公的機関による運営が多い(姫路市立美術館、姫路文学館、書写の里・美術工芸館、兵庫県立歴史博物館)。歴史がある街なのだから、もっと私立美術館も、もっと多くていいはずだ。

もちろん、運営には、それなりにコストもかかるから、誰でも、おいそれとはできないのも確かだ。ただ、運営費は寄付を募ったり、ボランティアの活用などの方法はあるはずだから、もっと多くてもいいと思う。また、複数のコレクターによる共同運営の形も検討されていい。

さて、三木美術館では、三木茂克氏が蒐集された作品の中から、毎回60点ほど展示される。今回は、唐津焼がテーマだったので、北大路魯山人や隠崎隆一氏の作品が展示されていた。陶器市の帰りだったので、ナイスタイミング。やはり魯山人はなんとなく面白い。

その他に、洋画と日本画の展示があった。洋画では、小山敬三氏の作品、日本画では牧進氏、片岡球子氏の作品に関心が行った。会場は、ゆったりと展示されており、鑑賞しやすい。そして、絵画も、陶磁器も、相対的に大振りな作品が多い。これは三木茂克氏の好みを表しているのかもしれない。そのため、会場をゆったりと取っているのだろう。

六階のイタリアンレストランも含めて、隠れ美術館として、あまり紹介したくないような気もするが、一応記事にしときます(笑)。決して大きな美術館ではないけれど、お城見物の帰りに、ちょっと立ち寄って見るのもいいと思う。ただ、流風は、次回から内容を確認して行くつもり(笑)。

*参考

  三木美術館

  http://www.miki-m.jp/

姫路駅を下りて、お城方向に大手前通りの西側の歩道を歩いて行くと、国道二号線に行きつく。その左の角にある。アンティークなガス灯が目印です。基本的に火曜日休館。入館料600円。

なお、五階には、貸し茶室『檜庵(かいあん)』がある。床柱に檜葉(ひば、別名翌檜(あすなろ)を使っているところから名づけられたらしい。利用料金は、前日準備及び当日の2日間で30000円のようだ。五階は、見晴らしがよく、当日は利用客がいなかったので、姫路の風景を楽しめた。

また、美樹ビルは、六階には、イタリアンレストラン「ムゼアーレ ミア アルベルゴ」がある(平成28年現在、店舗は変更されている)。また、一階はブライダルサロンになっていて、最上階の八階に白鷺の教会があり、七階がバンケットルームになっているので、結婚式も挙げられる。

 

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義一氏が選んだ商人道の言葉 その三

今回の藤本義一氏が選んだ商人道の言葉は、「鬼門こそ用ゆる方角」というもの。これは西鶴の作品にあったような気がするが、以前、このブログでも取り上げた山片蟠桃も同様な言葉を投げかけている。合理主義者の彼は、迷信の根拠を悉く打破した。これらは先人の都合で作られたものだと喝破したのだ。

それでも、日本人は、長く、迷信を信じてきた。大安や仏滅とか、方角とか、流風も子供の頃、祖父母や両親が、よく言っていたから、そんなものだろうと思ってきた。だが、よく考えてみると、根拠は薄いものも多い。

山片蟠桃の教えを実際に実行した経営者はいる。ただ、彼らが蟠桃の言葉を知っていたかは分らない。一番有名なのが、現在のパナソニックの前身、松下電器産業を興した松下幸之助は、戦前、大阪から見れば鬼門の方角にある門真市に工場を作った。周囲からは鬼門ということで大反対されたが、彼は経済的合理性を優先した。

なぜなら、他社はどこも進出しないから、土地代が安い。誰も進出しないから、安くて広い土地を獲得できた。これが松下電器産業の躍進の基礎になったことは間違いないだろう。商人は、迷信より経済的合理性を優先すべきだということを教えてくれる。

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2012年11月 3日 (土)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その二

今回の藤本義一氏が選んだ商人道の言葉として、「立身に限りあり、欲に限りなし」という言葉を取り上げよう。彼によると、出典は『商人生業鑑(しょうにんなりわいかがみ)』にある言葉だ。

要するに、人間の命には限りがあるから、出世にも限度があるが、人間の欲は限りないということ。これは、つまり事業は目先だけで考えず、長期にわたって、じっくりと稼げるように仕組むべきだと言いたいらしい。短期的利得を優先とすると、どうしても同業者に不義理して、それが回りまわって、自分の事業に悪影響をもたらす。

そういうと、関西の家電企業(シャープと、三洋電機を吸収したパナソニック)が全滅で、大変な赤字を出しているが、これは、あまりにも限られた事業に集中して、大きな利益獲得に目を奪われた結果であろう。こういうことは欧米の企業に多いのだが、日本の企業が経営方式を欧米風に準じたため、とんでもないことになっている。やはり利益は牛のよだれの如く出さなければならない。

更に、日本は国内市場が大きかったので、それに安住した結果、奢りから時代の流れが読めず、途上国のライバル企業を疎んじ、国際的戦略の欠如から危機に陥ったと言える。結局は、商売の基本を忘れ、日本的経営を放棄した机上の数値経営をしたことが危機を大きくしている。

言い換えれば、、自分を見失って、過剰に競争をして、市場のニーズと合致しないものを大量に供給するから、こんな事態になったのだろう。顧客の見えないところで商いをするから大きな失敗をする。

やはり顧客の見える範囲内で、しっかり顧客の要望を確認しながら、じっくり商いをすすめる方が失敗は少ない。企業も、身の程を弁えれば、短期の大きな利益を追いかけたりしない。つまるところ、関西の家電各社の失敗は、自分の在任中に成果を上げたいという私欲を持つサラリーマン経営者の悲劇とも言える。

正しい欲はいいけれど、身の程を忘れた欲は、大きな禍をもたらすことを経営者は忘れてはならない。

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2012年11月 2日 (金)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その一

藤本義一氏が、先日亡くなった。ご冥福を祈りたい。若い人はご存じない方も多いと思うが、流風が若い頃は、テレビで11PMで話しておられたのをよく視たものだ。話し方はソフトだが、鋭く毒のある内容のことが多かった。

彼は、もともと関西を中心とする、ラジオ、テレビの脚本家だが、後に作家になる。特に活動拠点を関西に絞って、関西にこだわり、西鶴には、関心が強かったようで、西鶴の現代語訳なども手掛けている。そして、そこから、あるべき「商人道」に関する書籍も著している。

今回は、彼が選んだ「商人道」の言葉をいくつか取り上げ、それを流風が蛇足的に解釈してみようと思う。第一回は、「商人に常禄なし」というもの。

これは彼も自由業だから、そのように感じていたのかもしれない。商人、自営業は、サラリーマンと違って、毎月定額の収入があるわけではない。ある時はあるが、ない時はない。よって、求められるのは才覚だ。ある時に、ない時のことを考え、ない時は、ある時のことを考える。

つまり、自分の独特の切り口で、今後を考え、情報を収集する。その中から、何かを読み取り、仕掛けるチャンス・タイミングを待つ。やる時はやる。他者がまねをしてきたら、ほどよく撤退する。商人は、それの繰り返し。

そして、決して、やってはならないことは、他者の後追い。景気は自ら作るもの。国や政府や政治家が作るものではない。彼らに頼むようなったら、商人としては終わり。最近は、財界等が、すぐ国に泣きつくが、無能な経営者だろう。

そして、義一氏が指摘するのは、政府、政治、政策を信じてはいけないということ。今の日本の経営者に必要なことは、まさにそういうことかもしれない。政府、政治、政策は、現状の後追いしかできないのだから。

*参考文献

  藤本義一著 『商人道 商は笑にして勝なり』 

   日経ビジネス人文庫刊

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2012年11月 1日 (木)

自分退職金、自分年金

若い人たちを取り巻く経済環境は、なかなかよくならない。でも、よく考えると、流風の時代も厳しかった。オイルショック後で、就職難だったし、何とか入った企業は経営難。給料は安いし、ボーナスも、まともに出ない。はっきり言って、両親は非常に心配した。「勤め続けて大丈夫か」と。

ただ、仕事の権限移譲は割となされていて、自分で仕事を作って、いろいろやるには好都合だった。とにかく、とりあえずやってみるということについては、おおらかだったと思う。つまり自分でやって成果が上がれば、給料もボーナスも上がるが、なければ、当然なし。わかりやすいシステムだった。

しかしながら、将来のことを考えると不安で、自分退職金、自分年金をやることになった。月々の金額はわずかだが、積み立てることによって、時間をかければ、それなりの金額になる。自分年金の方は、中途退職時に、ローンの返済に充ててしまったので、止めてしまったが、今から考えると、少し無理をしても続けておけばよかったと思う。

自分退職金は、先日満期になったが、決して大きい金額ではないけれど、老後の資金として、多少足しになる。若い人たちも、自分退職金、自分年金は、積み立てた方がいいと思う。その他にも、国は、現役世代のために、非課税貯蓄の復活をすべきだろう。そのために、政治に対して、若い人たちは主張した方がいい。

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