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2012年11月 9日 (金)

赤穂の田淵記念館に行く

赤穂に田淵記念館というところがある。昔、誰かに近所まで連れて行ってもらって前を通って話に聞いた記憶はあるが、その時は中に入らなかった。それで、あまり覚えていなかったので、今回、改めて自分の意志で行ってきた。

正式名は「赤穂市立美術工芸館 田淵記念館」だ。なぜ田淵記念館というかと言うと、平成6年に、田淵家より、美術品・古文書類が寄贈され、平成9年に建築物が造られたからだ。田淵家というのは、昔、母から聞いた記憶はある。

田淵家は、延宝元年(1673)より、「川口屋」の屋号で、塩田・塩問屋・塩廻船業を営み、繁栄した。それゆえ、赤穂藩とのつながりも深く、明石藩主を自邸に招いたりもしている。歴代の当主は、資産家にありがちだが、芸能を嗜み、茶の湯にも深く好むようになる。それがため、邸内はお茶の嗜みに基づき構成されている。よって庭園も、風流に造られているらしいが、常時公開していないので、今回は確認はできなかった。

その工芸館で、今回は平成24年度特別展として、「法橋文信展」が開催されていた(12月17日まで)。法橋とは、僧侶に準じて絵師に与えられた称号のこと。そして、文信とは画号で、北條暉水のこと。彼は、天保十二年(1841)に、現在の赤穂市尾崎に生まれた。

彼は15歳で、同じく赤穂出身で法橋だった長安義信に入門。後、土佐派画院御所に入り、土佐光文に師事している。文信の画号は、土佐光文と長安義信の名より、一文字ずつもらったのだろうか。そして、23歳の若さで、師匠がなった年齢より早く、法橋位に叙せられる。文信は、それほど才能豊かで、誰も認めざるを得なかった。天才だっと言われる由縁だ。

鑑賞した感想は、こんなに立派な絵があったのかという印象。今まで、いろんな日本画の絵を鑑賞してきたが、一般人の流風が言うのもなんだが、極めて優れていると思う。今回は、80点ある内、約50点ほどの展示(11月14日に30点ほど入れ替え)。

その中で、個人的には、『山水花鳥人物図押絵貼屏風』、『珠取海女図』、『十二支図』、『仙人図』、『鶴図屏風』、『草花図屏風』などは、実にすばらしかった。これらは、いずれも、高齢になってからのものだ。

一体、どこに惹かれるのだろうか。専門家でないので、細かいことは分らない。図録を見ただけではよく分からないが、実物はどこか迫ってくるものがある。それに雰囲気がいい。文信の人間性が、そのまま表れているのだろう。作品全体に、どこか上品なものを漂わせる。解説には、繊細で流麗な手法とある。多分、これは多分深い教養の上に、描かれたものだ。どんな人だったのだろうと思った。

*参考 田淵記念館 

  http://www2.memenet.or.jp/~akoharm/tabuchi/index.htm

交通は、JR播州赤穂駅を下車して、ウエスト神姫というバスに乗って、12個目くらいの停留所「川口町東」下車すぐ前だ。バスの運行はあまりよくないので、注意が必要。今回は、JRの駅の南側の階段を降りると、すぐウエスト神姫の待合所があり、しばらくするとすぐバスが来た。

帰りは、一時間に1本しかなかったが、幸い、時間の10分前に停留所にいたので、ラッキー。いつも、そんなにうまくいかないので、体力のある方は、駅近くの貸し自転車の利用で、あちこちうろうろしてみるのもいい。体力に自信のない方で、時間の無い方は、タクシーの利用がいいかもしれない。記念館に行くだけで、時間を気にしない方は、もちろん料金の安いバスがいいだろう(片道290円)。

なお、当日は、観光バスで高齢者の団体客が、入れ替わり立ち替わり、入場され、少し賑やかであった。当地の観光名所になっているのかもしれない。

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