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2012年11月 7日 (水)

義一氏が選んだ商人道の言葉 その六

 「分限には、よき手代あること第一なり」

藤本義一氏は、度々、手代の重要性を説く。あらゆるビジネスは人材にかかっていることは間違いない。人材の成長なくして、企業の成長がないのは確かだ。

それでは、手代とは、そもそも何か。彼によると、現代の部長職に相当するという。手代は10歳くらいで、丁稚として入店して、見習いを経て、試験等の結果、本採用になる。そして、早くて10年、遅い人は30年かかって、手代になるという。出世の遅速は現代でも同じだ。

手代はビジネスの中心をなす。彼ら次第で、事業の浮沈がある。だから、手代を評価する基準は厳しい。

 一、仕入れの知識と知恵

 二、商品の売り捌き方の巧拙

 三、店頭取引の敏速性

 四、顧客への接客の巧みさ

 五、帳簿の整理

 六、営業全体への目配り

 七、内外の冠婚葬祭への目配り

 八、裏方への配慮

 九、上からの絶大な信望

 十、部下からの支持される人望

これらについて満点を出さないと、上(小番頭、中番頭、大番頭)には上がれなかったようだ。しかし、実際は、帯に短し、襷に長しと、満点を出す者は、少ない。その中で頭角を現すのは、やはり、それなりの人物ということになる。

また手代については、彼は次の言葉も挙げている。

 「手代の仕損じ主の罪」

手代が、いろいろ正しく努力してやっても、見通しを誤り、失敗することがある。その時、手代を叱るのは間違っているとしている。手代の失敗は手代に任せた主人の失敗と言っている。手代も失敗を通じて成長していく。主人は、手代にどの程度まで失敗を許すかは、主人の裁量なのだ。この規定は、『商人生業鑑』にちゃんと謳っているらしい。現代の経営者は、果たしてどうだろうか。いい加減な任せた方をした結果、部下が失敗しても、保身に走り、安易にトカゲのしっぽ切りをしていないか。

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