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2012年11月18日 (日)

金融緩和という悪弊と、求められる新産業新興政策

日本銀行が金融緩和を継続して、その中身について、喧々囂々だ。しかし、政府が圧力をかけたようだが、この金融緩和は、一体誰のためのものだろうか。金融緩和をしたからと言って景気がよくなることはない。せいぜい、投資家が株式が一時的に上がって、喜ぶだけだろう。それも一時的なカンフル剤に過ぎない。

そもそも経済の実体をよくしないことには、本格的な株価上昇にはつながらない。お金だけ刷ったところで、将来のインフレ要因を拡大するだけだ。それに途上国にとっても迷惑なことだろう。国際金融は、貿易額の数倍以上のスピートで行き来している。

そんなところに金融緩和したところで、底なし沼に紙切れを投げるようなものである。だから、何もよくならない。実体経済をよくするには、テーマを決めて、明確な新しい産業政策が求めらるが、民主党政権では、内向きの政策に比重が行過ぎ、産業政策をどのようにするのか、あまり見えなかった。

そうかといって自民党が掲げる「国土強靭化政策」とかいう公共投資をするのも、時代遅れだ。全ての公共投資が無駄というわけではないが着眼点が悪い。もっと、本当に必要な公共投資の吟味が必要だろう。

また、国が何もかも決める時代は時代遅れなのも事実。もちろん、すべて地方に任せればうまく行くとも思えない。ただ、地域に任せるべきものは任せて、国は、一部だけ関与する方式が求められる。これには、最近注目されている米国も評価する「インドネシア統治手法」を研究して、それに合わせて、新産業政策が各地から提言されるのがいいかもしれない。

そのためには、地方で、もっと問題意識を持つ必要がある。地域の事情はそれぞれ異なる。必要なことも違う。国の一律の政策には馴染まないことも多い。国内をくまなく点検すれば、それぞれ必要なことが浮かび上がる。地方は課題はあるのだろうが、諦めから、それを国に上げていないのかもしれない。それは責任の放棄だ。主体性の放棄だ。

しかしながら、それでは駄目だ。自然災害対応でも、地方は国に依存体質を脱却して、自ら守る姿勢が必要だ。国にやってもらうという意識から抜け出す必要がある。そうしないと、いつまでも、地方の時代はやってこない。

次の政権では、新たな地域ごとの産業政策を明確にして、地方と協力して内需を振興してほしいものだ。それができないまま、TPP交渉参加するのは、国内経済を混乱させるだけだろう。まず、国内経済を改革して整える必要がある(単に既得権を守るだけでは駄目だ)。

*平成24年11月20日追記

安倍自民党総裁は、日銀法を改正して、建設国債を日銀に全て買い取らせると表明。馬鹿じゃなかろうか。一部の異端の学者の意見を取り入れたのだろうが、彼は考慮が足りない。果たして自分の頭で考えたのだろうか。この程度の頭脳の持ち主を国のトップにしていいのだろうか。

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