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2013年1月13日 (日)

明石市立文化博物館の『生誕130年 魯山人の宇宙』展を鑑賞

2013年1月5日より始まっている、明石市立文化博物館の『生誕130年 魯山人の宇宙』展を鑑賞してきた。作品は、神戸市立小磯記念美術館の『自らを見つめる画家と自画像』展同様、笠間日動美術館所蔵のものだ。約80点展示されていた。観覧当日は、高齢者で溢れていた。多くの人が魯山人の挑戦を再確認したかったのだろう。

北大路魯山人については、以前にも記したが、この京都生まれの料理人は、料理だけでは満足できず、料理空間にまで、強い関心を持ち、ついには、自分で容器等の製作にまで手を出している。料理は単に料理だけでなく、器や、その他のものによって作りだされる空間・雰囲気にあって、初めて価値が認識できると感じたのだろう。

ただ、彼の作品を博物館や美術館で、美術品として評価するには若干、違和感がある。実際、彼の作品の評価は様々だ。流風が見ても、素人が作ったような中途半端な作品が多い。それらは彼が自分の手で実際に作ったもの、あるいはアイデアを提案して作らせたものなど、いろいろあるだろう。

もちろん基本的に料理を意識した上での美意識だ。だから彼の作品は、彼の料理と合わさって、初めて作品となる。だが、博物館や美術館に展示される場合は、料理はない。どう見ても物足りない感じがする。料理のない抜け殻には、あまり美しさは感じられない(確かに、アイデアを提供し、実質、陶芸作家に作らせたものは、作品だけで、評価できるものもある)。

そうはいっても、魯山人は、多くの陶芸作家たちに、料理を提供する料理人の立場から、いろんなアイデアを提供して刺激したことは間違いない。彼の作品という“残骸”は、時代の雰囲気を表している。そういう意味で、少し大袈裟に言えば、「歴史的遺産」として、魯山人の作品は評価されるべきかもしれない。

そして言えることは、魯山人の陶磁器だけの作品の展覧会は限界があるかもしれない。彼の作品の展示は、料理の盛られた、どこかの料亭でもない限り、難しい。博物館や美術館で展示するには、更なる工夫が必要だと、企画担当者は心してほしいものだ。また、今回は購入しなかった図録の構成の粗さも感じられる。まさか粗野に作られた魯山人の作品に影響されたわけではないだろうが、少し残念だ。

2013年1月5日より2月3日まで。会期中無休。

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