« 平成25年の干支~癸巳 | トップページ | 健康を保つには、まず安眠 »

2013年1月 6日 (日)

播磨国総社~第二十二回三ツ山大祭について

今年、姫路では、播磨国総社で、大きな祭がある。それは三ツ山大祭と言われるもので、20年ごとに催される。そこで、その祭りについて記しておこうと思う。

播磨国総社は、地元では、一般に「総社」とか「総社さん」とか呼ばれている。流風が毎年、初詣に参拝する神社だ。正式名称 射楯兵主神社といい、主祭神は東殿に射楯大神(五十猛命、いたけるのみこと)、西殿に兵主大神(ひょうずのおおかみ。大国主命)が祀られている。

なぜ総社と呼ぶかと言えば、その地域の主な神々を一か所に集めて合祀した社だからだ。播磨国総社は、1400有余年を数える古社であるが、平安時代後期に総社の性格を与えられた。その範囲は広く、東は神戸垂水、西は赤穂、北は宍粟(しそう)となり、播磨国16郡174座の神々を祀っている。

この播磨国総社で、第二十二回三ツ山大祭が、平成25(2013)年3月31日(日)から4月7日(日)まで行われる。この大祭の意味は、八難苦厄を祓い、国中の人々の幸福を祈り、播磨地方はもちろん、日本各地の平安と発展をお願いするものだ。

この祭りは20年に一度行われ、前回は1993年に行われた。今回の、祭りのテーマは「よみがえれ日本。『神・人・絆』」である。因みに、山が一つの一ツ山大祭は60年に一度行われる。この置山の大祭は兵庫県の重要無形民俗文化財に指定されている。

大祭の起源は、宍粟市一宮の伊和神社とされる。伊和大神は、以前にも記したと思うが、播磨国風土記に登場する神で、大和政権が誕生して、播磨に進出するまで、出雲から来て播磨を開拓したと云われる。大国主命だという話も伝わるが、大国主命の一族であることは間違いなかろう。

その伊和神社では、置山ではなく、本当の山にて大祭が行われていた。古代の人々は、神様は高い所に降臨すると考えていた。だから、山は神聖な場所であった。そこから信仰が生まれる。すなわち、白倉山、花咲山、高畑山の三山で三ツ山祭が行われ、一ツ山祭は、宮山で行われる。行われる期間も若干異なり、一ツ山祭が61年に一度、三ツ山祭が21年に一度となっている。

さて、総社の祭りは、10世紀前期に瀬戸内海を中心に起った藤原純友の乱の鎮定祈願のため、各地の神々に集まってもらったもので、939年に催された「天神地祇祭(てんしんちぎさい)」が起源だ。総社の祭神である兵主大神が6月11日の「丁卯(ひのとう)」の日に鎮座したことから、天神地祇祭が行われたと云う。

はじめは、播磨国総社が鎮座している国衙(こくが)庄を中心に行われていた。現在のように「山」が築かれるようになったのは1300年代後半と推定される。置山は近くに山がない人々が近くに宿って欲しいという願いから人工的に作られた。三ツ山とか一ツ山というのは、置山の数を意味する。より近い場所に宿ってもらおうとしたものだ。人々の利便性を図ったのかもしれない。当時は、まだ一ツ山だった。

三ツ山大祭の方は、一ツ山大祭の臨時祭として始まった。記録では、一ツ山大祭が1521年に行われ、翌年の1522年に三ツ山大祭が行われたとある。1500年代末期に定期化。最初は、「装山の車」の形式、すなわち曳き山だったのを、当時の播磨国守護の赤松晴政が、置山に改めさせらしい。その後、池田輝政が姫路に入ると、派手になり、町々の屋根に飾られた造り物や練り物が当時の人々に人気となった。

会場には、三つの山が並ぶ。二色山、五色山、小袖山と言う。人工の大きな山(高さ18メートル、裾の直径約10メートル)を「置き山」として、3基造り、枠組みに色絹を巻いたり、着物の小袖を飾りつけたりする。

二色山は、播磨国の174の神々が祭神で、白と浅黄の二色の布を使い、富士山を模したものと言われる。側面には、「富士の仁田四郎の猪退治」の飾り人形が飾られる。

五色山は、祭神が九所御霊大神で、緑・黄・赤・白・紫の五色の布を巻く。「大江山の源順光の鬼退治」の人形を飾る。

小袖山は、祭神は天神地祇、すなわち国中の神々です。山は800枚あまりの小袖や着物を貼り付けたもので、寄付されたものを使う。神様の布団になるとも言われる。飾り人形は「三上山の田原藤太のムカデ退治」だ。更に、勇猛な武将の人形と樹木を飾る。

それぞれの山の頂に設けた山上殿に全国より八百万の神々をお迎えして(それぞれ天神地祇、播磨の国の大小明神、地元ゆかりの神々が勧請される)、神門に設けられた門上殿に遷られた射楯・兵主の神が、お祭りの期間の七日間、接遇され、八難苦厄を祓って国中の幸福を祈る。

地面に固定した「置き山」は、全国的に珍しいと言われる。京都の祇園祭をはじめ、車のついた「曳き山」が多いからだ。山の祭りは、祇園祭の山鉾が有名だが、その原点は、播磨国総社の三ツ山大祭だ。「置き山」は動かないので、「曳き山」ほどの派手さはないが、祭の原点として、文化的価値は高いと思う。多くの人に是非、見てもらいたいものだ。

祭りの日程

●三月三十一日

   潮かきの儀

    早朝に、白浜海岸に入って禊を行う。

   千人稚児行列

    パレード

   門上殿渡御祭

    総社本殿から門上に造った門上殿へ神様が渡る。

   山上殿降神祭

    それぞれの山頂に造った山上殿に神様を迎える。

まず、三ツ山の頂点に、3月31日の日暮れに、総社の射楯の神、兵主の神も、本殿から門の上に引っ越す。

●四月一日

   初日奉告祭

   献華祭

    生け花を奉納する。

●四月二日

   播磨国総神祭

   献茶祭

    家元による献茶

●四月三日

   中の日大祭

    神様に特別な神饌をする。伝統的な神饌。特殊神饌。

     小判餅、箸餅、短冊餅、串餅、ブト餅、角餅、まがり餅からなる。

   神幸祭

    パレード

   五種神事

    三の丸広場まで神輿が渡御をする。

    五種類の神事が行われる(*注参照)。

     流鏑馬(やぶさめ)、競馬(くらべうま)、

     一ツ物、神子渡、弓鉾指。

    五種神事と同等のものが、播磨地方の郷村で、

    鎌倉、室町時代に広く行われていた。

    現在は、この祭りのみ。

四月四日

   文化振興祭

四月五日

   産業振興祭

四月六日

   復興祈願祭

四月七日

   山上殿昇進祭

    三ツ山にいらっしゃった神をお送りする儀式。

   門上殿還御祭

    門上殿から総社本殿にお還りになる儀式。

   祭典終了奉告祭

なお、期間中は、大手前公園では、多くの各種記念行事がある(*参考参照)。

*注

この催しは、姫路城三の丸広場で行われる。

  流鏑馬 (やぶさめ)

     的に矢を放ち、その年の吉凶を占う神事

  競馬 (くらべうま)

  馬が順調に走るか否かで、

  その年の稲作の豊凶を神意に伺う神事

  一ッ物 (ひとつもの)

  一つよりない神聖なるものを意味し、

  神の依り代とされる神事

  神子渡 (かみこわたり)

    邪気を祓い清め、福徳をもたらすと考えられた神事  

  弓鉾指 (ゆみほこさし)

    神の依り代であるとされる弓をささげ持つ神事

*参考

     三ツ山大祭実行委員会

   播磨国総社内

    http://sohsha.jp/mitsuyama.html

 

*参考 期間中の、その他の催し

三ツ山大祭の期間中、その他の恒例のいろんな催しがある。

◎花あかり姫路城夜桜会

   4月5日より14日まで、午後6時から午後9時まで。

   姫路城西の丸庭園で。

   庭園内の約100本の桜をライトアップ。

   ミニコンサートも有り。

◎ひめじぐるめらんど

   4月5日より4月7日まで。大手前公園にて。

   播磨地区の「うまいもん」が集合する

   食のイベント。

◎好古園夜桜会

   4月5日より7日までの午後8時まで。

   但し、入園は7時30分までに。

◎姫路城観桜会 お花見太鼓

   4月6日のみ。午前10時より午後4時まで。

   姫路城三の丸広場にて。

*追記

なお、関連の催しとしては、平成25年1月26日より、兵庫県立歴史博物館にて、『姫路・城下町の祭礼~播磨国総社の三ツ山大祭~』が展示される。姫路の祭礼文化を紹介すると共に、過去の三ツ山大祭の写真等を展示する。この催しを観覧してから、祭に行かれたら、より理解は進むだろう。4月7日まで。

|

« 平成25年の干支~癸巳 | トップページ | 健康を保つには、まず安眠 »

姫路と播磨」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 平成25年の干支~癸巳 | トップページ | 健康を保つには、まず安眠 »