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2013年2月 6日 (水)

葛城王にまつわるエピソード

葛城王(かづらきのおおきみ)とは、後に臣籍に下った橘諸兄のこと。彼は、父を美努王、母を県犬養三千代の子だ。美努王は敏達天皇系皇親だ。県犬養三千代は阿閉皇女に使える女官であったが、皇女の信頼は厚かった。

ところが、県犬養三千代は、葛城王等を産んで後、美努王と離別している。そして、藤原不比等の後妻におさまっている。この辺の事情はよく分からない。ただ、阿閉皇女が天明天皇に即位されると、藤原不比等は異例の出世を遂げている。それは天皇の信頼厚い県犬養三千代の影響があったと考えられている。

その後、県犬養三千代は橘姓を与えられる。彼女が橘姓の祖だ。このことから葛城王が、なぜ橘姓にかわったのかが理解できる。また、葛城王は当時の天皇が病気になられた時、その快癒を願って、評判を聞いた弓削の道鏡を引き合わせた人物として知られる。

今回取り上げる『万葉集』の巻十六に載っている話は、彼がまだ葛城王だった時のエピソードである。

彼が陸奥の国に遣わされた時、国司の対応が無礼千万な態度が甚だしかった。そのため、お坊ちゃんの葛城王は気色もあらわに機嫌を悪くした。接待の席は設けられたけれど、不機嫌に酒席を楽しもうとしなかった。

これには、周囲も困ってしまったが、食前の用意を整えていた、ある采女が、都風の知識を備えていたため、左手に杯を捧げ、右手に水の入った瓶を持ち、軽く王の膝を打ち(甘える感じかな)、次の歌を詠んだ。

 安積香山 影さへ見ゆる 山の井の

   浅き心を 我が思はなくに      

                          (三八〇七)

意味は、「安積香山(現、福島県郡山市にある山)の影を映し出す山の泉。そのような浅い心ではなく、深くあなたをお慕い申し上げています」と。

これには、葛城王も、一遍に機嫌がよくなり、酒宴を楽しむことになった、という。これに似たことは、全国のあちこちで、現在でも起っているのでしょうな(笑)。

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