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2013年2月10日 (日)

一つの言語と外国語教育

一つの言語だけで一生暮らせるなら、それが幸せだ。国によっては13の言語を操らなければならない。日本では、過去の英語教育の失敗から、小学生に英語を覚えさせようとする愚策を実行中だ。学校でだけ英語を話しても、意味はない。英語圏環境になければ、それは無駄な時間を過ごすことになる。更に日本語教育が不十分なまま外国語を覚えれば、混乱するだけだ。

それに世界で英語が通用する国は限られる。そのことを教育者や文科省は意外とご存じないらしい。それとも英語教育利権で動いているのだろうか。最近は、大手企業でも、社内用語を英語だという経営者がいたが、馬鹿もいいところ。日本に居て、英語は必要ないだろう。就職の条件にするのも、特別の職種以外に必要はなかろう。

どうしても、外国語の習得が必要なら、その国に留学させたらいい。その前に1年間くらい国内で基礎とヒアリングだけ教えればいい。実際、海外で活躍する人達は、そのように思っている。特定の言語環境に入れば、人間、慣れて、理解できるようになる。その方が理にかなっているだろう。

世界では、外国語の通訳を使うのが普通で、何も特定の言語を習得する必要はないだろう。文部科学省は、偏った意見の持ち主の主張を取り入れ、変な政策を推し進めている。迷惑するのは学生たちだろう。

日本人も、確かに一つの言語で暮らせない時代が来ているのかもしれないが、過度に外国語教育に時間をかけるのは間違いだ。正しい日本語や歴史教育を疎かにしているならば、それこそ問題だ。

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