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2013年2月 3日 (日)

『自らを見つめる画家と自画像』展を鑑賞

神戸市立小磯記念美術館にて、特別展として、『自らを見つめる画家と自画像』展が1月11日から始まったことは先日のブログで記した。その展覧会に鑑賞しに、先日行ってきた。

さて、この展覧会では、画家の自画像がずらっと並ぶ。主として、笠間日動美術館の所蔵品の展示だ。明治から現代に至る画家、約85名の作品が90余点が展示される。彼らは対象をよく観察しているはずだか、自分自身をどう捉えているか。

ちなみに展覧会に展示してある画家の自画像を描いた年齢は、はっきりしているもので、10代で3名、20代で13名、30代で15名、40代で12名、50代で16名、60歳以上が22名だ。不明は16名だが、比較的若い感じがするものは少なく、多くは40代以降と感じられる。

自画像を描くきっかけは何だったのだろう。中には、鴨居玲のように人生の中で何回も自画像を描いている人もいる。実際は、どうなのだろうか。作品として残っているのだけが自画像でないのかもしれない。デッサンだけで絵にしていないものがあるかもしれない。

人の顔は人生の中で大きく変化する。画家がそれを見逃すはずはない。鴨居玲は、19才の時、自画像を描き、54才、55才、57才と、しつこく自画像を描いているのは例外としても、自分の変化に気づけば、それは描く対象として、十分だ。

ただ、今回の展覧会を観る限りでは、画家は特定の年齢で、自画像を描くということはなさそうだ。その時の画家の状態は様々だろう。仕事がなかったからか、忙しい中、エアポケットのような時間ができたからか。あるいは、その他の強い動機づけがあっからだろうか。

しかしながら、晩年描かれる自画像は、自分の顔を残したいという表情が多い。そして晩年の顔は皆同じだ。皮肉を言えば、それは葬式用写真に近い。老いるということは、そういうことだ。母が、葬式用写真には若い時の写真を候補として挙げていたのが、少し分るような気がする。自画像で他人に老醜をさらすのも、どうかと思う(*注)。自画像は若い時か壮年期に描いた方がいい。

*注

老人を描くな、という意味ではない。そこにはテーマがなくてはならない。あくまでも自画像は止めておけ、と言っている。

見方を変えれば、画家はモデルの高齢者は美しく描けても、自分自身はできないということかもしれない。

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