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2013年2月18日 (月)

真間娘子のこと~万葉集より その一

男が好む女性のタイプは色々あるだろうが、今回は、播磨(兵庫県)とは関係ないが、『万葉集』に記されている一般的な事例を通して見ることにしよう。それは現在の千葉県市川市真間の伝説の真間娘子のことだ。

巻第九の、「勝鹿の真間娘子(ままのおとめ)を詠む歌」として記されている、高橋虫麻呂の長歌と短歌を取り上げる。少し長くなるが引用しておこう。

  鶏が鳴く 東の国に いにしへに

  ありけることと 今までに 絶えず言ひける

  勝鹿の 真間の手児名(てごな)が 麻衣に

  青衿着け ひたさ麻を 裳には織り着て

  髪だにも 掻きは梳らず 沓(くつ)をだに

  はかず行けども 錦綾の 中に包める 斎ひ子も

  妹に及かめや 望月の 足れる面わに

  花のごと 笑みて立てれば 

  夏虫の 火に入るがごと 

  港入りに 舟漕ぐごとく 行きかぐれ 

  人の言ふ時 いくばくも 生けらじものを

  何すとか 身をたな知りて 

  波の音の 騒ぐ港の 奥つ城に

  妹が臥せたる 遠き代に ありけることを

  昨日しも 見けむがごとも 思ほゆるかも

例によって、独断で解釈(流風による意訳)すると次のようになるだろうか。

「東の国に古くから伝わる話として、昔々あったことだと代々人々によって言い伝えられてきたものがある。それは勝鹿(葛飾)の真間という所に、一人の娘がいた。彼女は、粗末な麻の着物に青い衿をつけ、麻だけでできた裳を着ていた。更に、家事仕事(水汲み)のため、髪の手入れもままならず、紐でくくるだけで、櫛も入れず、沓も履かず、立ち働いていた。

そうであるのに、錦や綾で着飾った大事にされている、お姫様だって、この娘には敵わなかった。いつも晴れやかな感じの笑顔で、まるで花が満開のようだった。それゆえ、彼女がいると、たくさんの若い男たちは、夏の虫が火に入る如く、あるいは急いで港に入ろうする、たくさんの小舟のように、やって来て言い寄るのだった。

周囲は、どなたかに決めなさいと言うけれど、なかなか決められず思い悩み、人生、それほど長くないのだと無常に悟ってしまって、とうとう身投げしてしまった。今は、波の音が騒がしく激しい港の墓所に眠っているようだが、ここにいると、昔あったことが、昨日今日のことのように感じられる」と。なお、男たちからの求婚に悩む様子は、以前の記事で取り上げた謡曲『求塚』になっている伝説の美少女、菟名日処女(ウナイオトメ)と似ている。

そして、反歌は次のようになっている。

  勝鹿の 真間の井見れば 立ち平(なら)し

     水汲ましけむ 手児名し思ほゆ

解釈は、「勝鹿の真間の井戸を見ると、地面をならすほどに何回も水を汲んだ娘子のことが偲ばれる」という感じ。昔は、現在の途上国の子供のように、子供が労働力として期待され、水汲みのような重労働が幼い子供たちに課された。そういう厳しい状況であっても、笑顔を絶やさなかった真間の娘子が、かつての古代の日本にいたことを今の子供たちが知ることは大切なことだ。

そして、真間娘子のことから分ることは、男が惹かれる女性は、時代が変わっても、いつも溌剌として元気で明るく笑みを絶やさないということになろうか。そういうと、母は娘の育て方は、女は男にとって心の鏡だから、どんな状況でも、いつも明るくにこにこがいいと言っていた。だから、変に知識ばかり身につけると、笑顔が無くなり、男が寄り付かなくなると(笑)。若い男性諸君も、本当の笑顔の少ない女性は相手に選ばない方がいいかも。それには、まず彼女らの本当の笑顔なのか、作り笑いなのか見分けることが必要だが。

 

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