« 真間娘子のこと~万葉集より その二 | トップページ | 右傾化か、保守化か »

2013年2月20日 (水)

端唄 『梅が枝の手水鉢』について

今回は『梅が枝の手水鉢』について、備忘録として記す。『梅が枝の手水鉢(ちょうずばち)』は、今でも、温泉街の芸者衆は唄っているかもしれない端唄だ。若い頃、カセットで聞いていたら、「お前、乙な趣味があるんやな」と妙に感心された。流風は、この唄のテンポのよさが気にいっていただけなのだが。

  梅が枝の手水鉢

    叩いて お金が出るならば

  若しも 御金が出た時は

  その時や 身請けをそれたのむ

この端唄は、假名垣魯文が、『ひらがな盛衰記』から作ったとされる。「梅が枝」とは、腰元、千鶴が身売りされ、傾城になった時の名前だ。「手水鉢」は、最近はあまり見かけなくなったので、若い人はご存じないかもしれないが、手や顔を洗うための鉢だ。

腰元、千鶴の夫、梶原源太景季は、かつて父を助けた人と先陣争う。源太は、父を助けてくれたことに感謝し、勝ちを譲ったのだが、そのことを知らぬ父親は、源太を恥だと言って殺そうとするが、母親のとりなしで、勘当となり、家を追い出される。

一文無しになった源太は、武士として復帰したいが、武具も手に入らない。そのことを察した千鶴は苦界に身を落とし、お金を工面しようとする。その苦悩を象徴的な唄にしたものが、端唄 『梅が枝の手水鉢』だ。

なぜ鉢を叩けば金が出るかと言うと、無限の鐘を叩くと、現世で富を得るが、来世では無間地獄に落ちると言われたことを踏まえたもの。『ひらがな盛衰記』は浄瑠璃の演目になっているようなので、いずれ鑑賞してみたい。

|

« 真間娘子のこと~万葉集より その二 | トップページ | 右傾化か、保守化か »

古典文学・演芸」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 真間娘子のこと~万葉集より その二 | トップページ | 右傾化か、保守化か »