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2013年2月11日 (月)

直線主義と曲線主義

直線主義と曲線主義というのは流風の造語。あまり世間では語られないだろう。むしろ、直線思考、曲線思考と言った方が適切かもしれない。これらは何を意味しているかと言えば、例えば、米国は、現在は分らないけれど直線主義と思う。目標を、こうだと定めると一直線に進み、他と妥協を許さない。

他との交渉では妥協はつきものだが、米国は自らの主張を貫こうとする。それに抵抗すれば、刃向かう者として徹底的に痛めつけようとする。かつて彼らと接した日本人は米国人は単純だから困るとこぼしていた。また日本人も、そのことが分っておりながら、コミュニケーション・説明不足で、彼らを怒らすことをしてしまうのも問題なのだが。

だが、人生同様、交渉事は直線的に進まないものだろう。例えば、目的地に行くのに、地図上で直線的に見れば、近いかもしれないが、実際は、まっすぐ行けないことが多く、道が入り組んでいることは多いものだ。結局、小さい目標を定めつつ、それへの到達を繰り返して、目的地に到着する。

それと同様、交渉事も、程度はあれ、曲がりくねった感じで、歌ではないが三歩進んで二歩下がりながら、摩擦を回避しながら一歩進めていく。往々にして、その方が目的に早く着いたりするものだ。

猪のように猪突猛進は怪我の素だ。怪我で済めばいいが、生命に及ぶとなると、何をやっているのか分らない。これは何も国際社会での交渉事だけでなく、個人レベルでの交渉事でもそうであろう。まどろっこしいと思っても、急がば回れと思って、目的に到達したいものだ。

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