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2013年3月20日 (水)

ユキヤナギと漢詩~郭震の「子夜春歌」

昨年植えたユキヤナギが、可愛い花を咲かせている。ただ、まだ小さいので、まだ柳のような感じはしない。他家にあるものを見ると、いずれ大きくなることだろう。風にしなやかに対応するのは、女性の特性と見られていたが、最近の女性には、しなやかさがやや欠ける人も多い。柳を見習ってほしいものだ。

今回取り上げる詩は、『唐詩選』にある「子夜春歌」だ。作者は、郭震という唐の時代の人で、身体は大きかったようだ。則天武后に認められて、大将軍として、度々成果を挙げ、その期待に応えている。だが、玄宗皇帝即位の頃、天子に逆らい流され、後、罪を軽減されるが、無念の死を遂げている。

さて、題の「子夜」は、そもそも「子夜歌」という南方土着の民歌があり、そこから取ったもの。呉の時代の子夜という女性が歌曲を作って歌ったらしい。現代でいうシンガーソングライターということか。誰に当てはまるのだろうか。

ただ、特定の女性を指すということでもなさそうだが、「子夜」という女性が詠んだことにした民の歎きだ。その物悲しさに、多くの人々は胸を締め付けられ涙を流し流行した。その曲を「子夜歌」と呼ぶようだ。

郭震は、その曲に倣って、彼女らの気持ちになって歌詞を作った。この彼のような詩は、「楽府題(がふだい)」と言うそうだ。

  陌頭(はくとう) 揚柳の枝

  已に春風に吹かれたり

  妾が心 正に断絶するも

  君が懐いは那(いか)んぞ知るを得ん

解釈は、「道の傍に生い茂っている揚柳の枝は、春風に吹かれて、ゆらゆらと揺れている。私の心は、逆に激しく揺れ動き、不安で断ち切られそうだ。一体、あなたは私のことを、どのように思っているのだろうか。どのようにしたら知ることができるのだろうか」ぐらいだろうか。

女性の歌に似せているが、やはり男の歌のように思う。女性だったら、もっとしなやかに作詞しただろう。やはり、詩は人柄が出るようだ。

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