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2013年3月15日 (金)

有りそうにないものを大切にする過ち~徒然草より

人間、それぞれの嗜好により、大切にするものがある。子供の頃は、流風のようにグリコの景品や切手を収集したり、あるいは山で採掘した水晶を後生大事に持っていた人もいるだろうが、大人になればなればで、それぞれの関心事から、価値があろうとなかろうが、いろんな物を収集したりする。

少し観点は異なるが、兼好法師も、『徒然草』にて、有りそうでないものを尊ぶ人がいることを指摘している。或る人が、小野道風筆による『和漢朗詠集』があると言って、大切にしていたが、よく考えると、小野道風が亡くなった後で編纂された『和漢朗詠集』を道風が筆写することは不可能。ところが、そのことを他者から指摘されても、或る人は、「それだからこそ、珍しいのだ」と言って大事にしたという。

実は、小野道風は、967年に亡くなっている。そして、『和漢朗詠集』は、1018年頃に藤原公任によって編纂されている。だから、小野道風が、『和漢朗詠集』を筆写することはありえない。大体、藤原公任は道風が亡くなる前年に生まれているのだから、全く可能性はない。すなわち、或る人が偽物を掴まされていることは明らか。少し考えれば分ることなのに、関心事には心の隙がある。

誰かが小野道風の筆跡に似せて、『和漢朗詠集』を筆写し、道風のものだと詐欺まがいのことをしたのだろう。昔から、こういうことはよくあったのかもしれない。でも、これは笑いごとではなく、現代人でも形を変えて、結構やっているのかもしれない。よく調べれば分ることなのに、それも調べず、高い金を出して買い求める人たちがいて事件になっている。関心事とは切り離して、物を買い求める時は慎重さが求められる。

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