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2013年4月28日 (日)

草履片々、木履片々~黒田如水

黒田如水(出家名)、すなわち黒田官兵衛は、秀吉が見抜いたように野心家であった。彼が天下を狙おうとしたのは間違いないだろう。彼は、子の長政が家康と謁見し、関ヶ原の戦いでの論功行賞として筑前52万石を与えられ、嬉々として、「家康公は喜んで、両手で私の手を握ってくれました」と報告してきたので、次のように語ったという。

  「その時、お前の、もう一つの手は何をしていたのだ」と。

要するに、その隙を突き、なぜ家康を刺し殺さなかったのか、ということ。これは、いかに天下への野望に満ちていたことの裏返しだ。その彼の発言は、なかなか面白いのだが、「草履片々、木履片々」という言葉も残している。これは死期を悟った如水が、長政に語った言葉として伝えられている。

草履片々、木履片々とは、片方が草履、片方が木履を履いていること。そういうと、流風は、若い頃、確か宴会の翌朝だったと思うが、寝坊して、寝ぼけ眼で、急いで出かけて電車に乗ったところ、前の人たちが不審そうに見るので、足元を見ると、片方が靴、片方がつっかけだったので、大変恥ずかしい思いをしたことがある。

如水が語っている「草履片々、木履片々」というのは、チャンスの時には、片方が草履、片方が木履と、平時では笑われそうな行為になっても逃してはならないということを言っている。かつて官兵衛は信長が明智光秀に討たれた時、秀吉は、うろたえたが、官兵衛は平然と天下を取るチャンスだと伝え、「中国大返し」をし、秀吉は天下を握った。

彼は、常にピンチはチャンスにつながるとして、一瞬のチャンスをも逃さないということに、強かった。常に、そういう発想の持ち主だったのだろう。人生は、一瞬の博打と考えていたフシがある。如水は、長政にも、そのことが大切だと伝えたかったようだが、長政には、大勝負は無理だと思っていたようだ。それにしても、草履片々、木履片々とは、如水の例え方が面白い。

*追記

ある作家の方が、「草履片々、木履片々」について、具体的な内容については記さないが、全く異なる逸話として紹介されているが、根拠はない。官兵衛については、過去に、いろんな作家が歴史物として創作されているので、史実と異なる話が入り混じる結果になっている。歴史と歴史小説の混乱は、官兵衛物でも同じである。

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