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2013年5月31日 (金)

他人の飯を食うということ

子供時代、親元に居ると、どうしても甘えが出る。そこで、昔の人は、子どもを家から出して、他家で修業させた。これを他人の飯を食え、とよく言ったものだ。

特に商家では、そのようであった。現在でも、そのようにやっているところはある。いきなり家を継がすのではなく、家から出して、他企業で他人様に揉まれて、世の中のことを知り、使われる側の気持ちを知ることは大切だ。

また、家業は継がないと出て行った子どもが、世の中のことを知り、改めて家業の大切さを知り、継ぐことを決心する例も多い。

このことは、別に家業を相続しなくても、一般のサラリーマン子弟にも言えることだ。一度、家を放り出される経験をすると、子どもは、強くなる。子どもには旅をさせよ、ということだが、現在、一般のサラリーマン子弟には親が甘すぎるのではないだろうか。今一度、他人の飯を食うということの大切さを考えてみてはどうか。

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