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2013年5月22日 (水)

黒田長政の『掟書』を読むⅠ その四

前回では、文武両道の大切さを説き、どちらに偏ってはならないとした。その後の文では、文武について、それぞれの大切さを丁寧に解説している。彼が、この点に長々と記しているのは、おそらく、秀吉亡き後、豊臣政権の武闘派の加藤清正等と官僚派の石田三成一派の対立のようなことを、臣下に対して、危惧してのことだろう。これらの文章は少し長いので中略し、その後の一文を続ける。

凡(およそ)国主の文道を好むといふは、かならず書を多く読み、詩を作る故事を覚るにはあらず。真の道を知り、諸事につきて吟味工夫を委(く)わしく、万の筋目を違へず、あやまち無用にして、善悪を糾し、賞罰を明にし、あわれみ深きを肝要とす。

又は武道を好むというふは、専(もっぱら)武芸をもてはやし、いかつ成ると言うに非ず。軍(いくさ)の道を能(よく)知り、常に乱をしずむる智略をめぐらして、油断無く士卒を訓練して、功有る者に恩賞を与へ、罪有る者に刑罰を加へ、剛臆を正しうして、治世に合戦を忘れざるをいふ。武芸を専にして、一人の働きを勤るは、匹夫の勇也。国主と武将の武道にあらず。

文人派、武人派の心構えを、それぞれに示している。これは現代でも、通用することだろう。例えば、国政に於いては、政治家と官僚のせめぎあいがあるが、これに似ている。企業においても、営業と製造をはじめとする内部とのせめぎあいがある。結局、それぞれの役割を認めつつ、自身の役割をそれぞれ怠りなく勤めることが大切だということになる。

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