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2013年6月23日 (日)

黒田長政と毛利左近

人間、出世してトップに立ったりすると、段々、臣下は保身にまわり、諂い者が周囲に侍り、本当のことは耳に入らなくなる。そして、皆、裸の王様になってしまう。これがトップになる怖ろしさだろう。

筑前の城主になった黒田長政にも、同様の事が言えた。次のエピソードが伝わっている。ある夜、長政が宴を開き、無礼講で、臣下共に、飲めや歌えの大騒ぎ。宴たけなわの頃、長政が、謡曲を披露すると、周囲の家臣は、皆、褒め称えた。

だが、その時、家老であった毛利(本来、母里だが、将軍家が手紙で、間違って「毛利」と認めたため、その後「毛利」と名乗るようになったという)左近のみは、ただ黙して涙を浮かべる。長政が不審に思って、尋ねると、彼は、身を正して次のように言ったという。

「臣は、かつて有名な師匠について、謡曲を習いましたが、殿の謡は、とても聞けたものではなく、所詮、真似ごとに過ぎません。ところが、周囲の者は、囃したて、おほめ申し上げている。これは、諂いではございませんか。こんなことでは、黒田家の将来が危ぶまれます。非常に苦々しいことです」と。

これを聞いて、長政は、左近を賞したと云う。もちろん、それ以後、謡曲を、ぷっつり止めたそうだ。直言を聞いた長政も偉いが、周囲の雰囲気に乗じず、常に忠義の道を心得、直言した毛利左近も、なかなかの人物だ。

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