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2013年6月15日 (土)

黒田長政の『掟書』を読むⅡ その八

官兵衛の時代から、黒田家は節約に励んだ。そのことは、もちろん『掟書』に記されている。

倹約を専として、無益の費なきやうに心を用ゆべし。治世には万の事皆花美(かび。華美のこと)に成りもてゆくものなれば、倹約を旨とせざれば、年々つもりて夥敷費(おびただしきついえ)となり、後には行きつまりて国家を敗るに至るべし。(中略)。財宝をみだりに用ざるは、軍陣天災其外不意の吉凶に備へ、又は諸人に益有る事に用んがためなれば、平生我身の物好を止めて少の費もなく、万の事皆過不及もなきやうに、委しく思案すべきこと肝要也。

祖父は、常々、人間は日々知らず知らず贅沢になっていくから注意するように、と言っていた。今から思っても、彼の指摘は当たっていたと思う。倹約は昔から当たり前のように語られてきた。残念ながら、今の日本は景気がよくないのに、バブル時代の贅沢体質が残ったがための不幸だと思う。

ところが、現在の国家財政に於いて、倹約をしているかと問われれば疑問符が付く。バブル予算は続いているし、国、地方ともに、各省庁の縦割りの弊害に伴い、極めて無駄遣いが多いが、未だに直っていない。そして、もっとも大きな問題は、国民も「公」に対して依存体質が残っていることだ。それが国や地方に浪費を強いている。

よって国側だけでなく、国民側にも、国に対して節約姿勢が望まれる。倹約するのは、将来の有益なことをやったり、各種リスクに備えてやるものだ。将来は何が起るか分からない。それへの備えはやっておく必要がある。そのためには、日々の倹約が大切だ。

*追記

もちろん、ここでは記さなかったが、吝嗇(りんしょく)は、いけないとしている。吝嗇は、目的もなく、私のために、ただただお金を貯めるだけである。それでは人心は得られず、別の意味で、国にを亡ぼす原因になるとしている。

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