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2013年7月27日 (土)

他人の悪口に自意識過剰の弊害

最近、他人に悪口を言われたとして、不幸な事件が発生している。もちろん、要因は、それだけではないかもしれない。若者の場合は、自意識過剰によるものだろう。よって、他人の言葉に傷つきやすい現代の若者は、どのような家庭環境であろうと、総じて甘やかされて育っているから、ちょっとした言葉で傷つく。

私も、子ども時代は、悪口を言われて喧嘩したこともあった。喧嘩したものの、相手に、ぼこぼこにされて帰ったところ、母に、「他人の悪口なんて気にするから、おかしなことになる。悪口を言ってくれるのは、お前に関心があるからやんか。感謝すれば、頭にくることもない」と。実は、これは、祖母の教えという。

悪口による実害もないではない。それは集団の中の孤立ということだろう。問題は、いかに、それを潜り抜ける工夫をするかにかかっている。何か他人が一目置くことをやればいい。あるいは、集団への貢献ということもあるかもしれない。そういうところから道は開ける。

確かに、他人に悪口を言われるより、褒められる方が、感情的には気持ちいい。だが、所詮、それだけのことだ。基本的には、考え方の背骨をしっかりと持って、正しいことをやればいい。そうすれば、集団の中の孤独にも耐えられる。郷誠之助も、次のように語っている。

「自分が善なりと信ずるところに基礎を置いて、自己の行動を律するということになれば、人がよく言おうが、悪く言おうが、毀誉褒貶は、人にまかす、自分の関知するところではないというのが当然だ」と。

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