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2013年7月11日 (木)

謡曲『菊慈童』について考える

今年(平成25年8月2日)、姫路城の薪能では、能『菊慈童』と『船弁慶』が演じられる。この二つの能については、過去に記したことがある。それは「菊の霊水(2008.11.14)」と「謡曲『船弁慶』の示すもの(2007.8.19)」だ。

ここでは、再度『菊慈童』を取り上げてみたい。以前の記事を読むと、自分なりの解釈は示していないので、今回は、それなりの見解を示してみよう。

この謡曲の題材は、『太平記』の「龍馬進奏の事」に拠ったものとされる。中国の魏の文帝の頃の話だ。ただ、この話は、実際は中国に無く、日本における創作らしい。これは封建時代の庶民のよくやる手だ。

すなわち、時の権力者を直接批判するのはまずいが、遠い過去の人物や海外の権力者に言寄せて、間接的に揶揄するやり方だ。歌舞伎の『忠臣蔵』も、そのようにして、時の権力者を直接批判することを避けている。

謡曲の内容は、独断で解釈すると、次のようになる。魏の文帝の宣旨により、臣下は、酈縣山(れつけんざん。現在の中国河南省にある山)の麓から薬水(霊水)が湧き出でているので、その水源を見て来いと命令される。いつの時代も、時の権力者の気まぐれに周囲は振り回される。

当時の中国の酈縣山は、山を越えて更に山を越えないと行きつけない場所で、生きて帰れるかも分らない。そういうところに、何の考えもなく、臣下を行かせる。しかし、臣下は、逆らえない。そこが宮仕えの辛さ。

それでも、苦労に苦労を重ねて、やっと酈縣山の辿りつく。そうすると、人気のない当地に、庵があった。それで、これは好都合と、住人に尋ねることにする。ただ、この事は、実際の事なのか、夢なのか判然とせず。邯鄲の夢かもしれない。

そこには、一人の童がいた。狐に化かされたかと思ったが人間の格好をしている。そこで、名を質すと、周の穆王に召し使われた者の今の姿という。周の穆王というと、魏の文帝の時代からすれぱ700年前(実際は1200年前。謡曲は間違えている)だから、そんなことはあり得ないと臣下が言うと、その童(慈童)は、昔、帝の枕を、またいだため、お咎めを受け、酈縣山に流罪された。

その時、帝が、儚んで、御枕に二句の偈を書き添えられた。それが法華経の「具一切功徳慈眼視衆生福聚海無量是故應頂禮」だ。これをこの妙文を菊の葉に置くと、そこから滴り落ちる露が不老不死の薬になると言う。それで、その水を飲んで、今まで永らえたと言う。

さあ、あなたも、この薬酒を飲みなされ。命は永遠に続きますよ。酒なのだが、いくら飲んでも酔うことはない。どうぞ、帝にも差し上げてくださいと言って、慈童は、また山深く、入って行った。

まあ、概略は、上記のような内容なのだが、魏の文帝、すなわち、曹操の子で、曹丕は、実際は長生きしていない。そこに作者の皮肉がある。今でも、健康、健康と言う人は、あまり長生きではない。健康に、配慮することは大切だが、必要以上に気を配ると、却って宜しくない。

不老不死を望むということは、昔からある人間の欲望だが、人間の寿命はせいぜい百年。これから再生医療とかが発達して、サイボーグ人間が出てくるかもしれないが、つぎはぎだらけの身体では、本来の「人間」が失われそうな気もする。

ただ、よい水は、確かに健康を維持するにはよいことは、はっきりしている。日本は、比較的水の美味しい国だが、それが子々孫々まで続くようにしたいものだ。そのためには、森林の保全が必要だろう。

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