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2013年7月16日 (火)

思い立ったが吉日ということ

何かをやろうとする時、いろいろ考えを巡らして逡巡することも多い。ただ、あらゆる局面で、頭で考えても実行しなければ結果は出ない。ある程度の先の見通しは必要だが、いずれ決断を要する。

決断の根拠は何かと問われた時、多分、潜在意識の中では決していることを先延ばししていることが多いものだ。その時は、思い立った時が吉日が正解ということになる。実行を遅らせたところで、成果は実らない。

ただ、若い時のように、何も考えず、無鉄砲に思い立ったが吉日とばかり行動を起こすのは愚かなことだ。思い立ったが吉日というのは、考えに考えて、初めて許される行動様式だ。

*追記

ところで、『菜根譚』では、次のように説いている。

 人肯て当下に休せば、すなわち当下に了せし。

「当下」というのは、「すぐに」という意。また「休す」とは、「断ち切る」の意。すなわち、今すぐ断ち切ろうと思うのなら、今すぐ断ち切って終わりにすべきだ、と言っている。

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