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2013年8月21日 (水)

池田輝政のエピソード その一

今回から以前にも記した池田輝政のエピソードについて触れてみよう(ただし、以前に紹介したものは除く)。大体が『名将言行録』に記されているものだ。この書は、館林藩士の岡谷繁実が長い年月をかけて、戦国時代から江戸中期の武将や大名について記したものだ。ただ、その真偽は、いろいろと言われる。だから、鵜呑みにはできない。でも、それぞれの人物のイメージは想像できる。

さて、池田輝政は、幼少の頃から肝が据わっていたと伝えられる。そのエピソードを紹介しよう。ある時、彼の父、信輝が囲炉裏で栗を焼いて食していた。輝政は、当時十歳くらいだが、横に座っていた。多分、彼も食べたそうにしたのであろう。

信輝は、「お前も食べたいか」と聞くと、食べたいと言う。それではと、火中の栗を火箸でつまんで、差し出した。ここで普通の子どもなら躊躇するところ。ところが、輝政は、熱いとも言わず、平然と両手で受け取り、慌てず騒がず、美味しそうに食したと云う。

実は、信輝は、武人として覚悟はいいかと輝政を試したのだ。輝政は、一応、これで合格したことになる。まあ、現代では、児童虐待とか言って大騒ぎするからできないけれど。それにしても胆力とは、生まれながらに備わっているものかもしれない。

*追記

このエピソードの意味は、与えられたものは全て受け止めよという教えとも捉えられる。トップの条件は、いかに過酷な状況に遭遇しても、全身全霊で受け止めなければならぬ。それを避けるようでは、トップの資質がないという教えだ。それを信輝は、輝政に体で伝え、輝政は、きっちり受け止めた。

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