« 池田輝政のエピソード その二 | トップページ | 『少年H』を読む »

2013年8月24日 (土)

池田輝政のエピソード その三

池田輝政は小柄だったと伝えられる。当時の平均身長が150センチだとすれば、現代からみると、相当、小柄であったと考えられる。それがため、諸大名から、「チビ男」と陰口を叩かれている。

当然、そのことは輝政の耳にも入る。ある大宴会が催された時、次のように謡って舞ったと云う。「勇功あること、このとおり。領地あること、このとおり。大男でなくても、よう候」と。

陰口を逆手に取ったのだ。以後、そのような陰口を叩く大名はいなくなったという。これは現代の処世でも、役立つことだろう。

|

« 池田輝政のエピソード その二 | トップページ | 『少年H』を読む »

姫路と播磨」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 池田輝政のエピソード その二 | トップページ | 『少年H』を読む »