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2013年9月16日 (月)

見通す力の大切さ

見通す力なんて言っても、一般人は預言者でもなければ、予知者でもない。ただ少し努力すれば、予見は可能かもしれない。予知も予見も同じではないかと言うかもしれないが、予知は「前もって知ること」に対して、予見は「事が、まだ現れない先に、推察によって、そのことを知ること」と『広辞苑』にある。予見は、わざわざ「推察」という言葉を入れている。この推察することにより見通す癖は大切と思う。

『菜根譚』にも、次のような一文がある。

 病に偶(あ)いて後に、強の宝たるを思い、

 乱に処して後に平の福たるを思うは、

 蚤智にあらざるなり。

 福を倖(ねが)いて、その禍の本たるを知り、

 生を貪りて、先ず、その死の因たるを知るは、

 それ卓見なるか。

一部、判らない文字もあるが、全体的には解釈は不要だろう。言っていることは、以前から記しているように、東洋の三原則に従って、将来を見通す姿勢が、求められる。現在の情報社会では、あまりにも多くの現象に惑わされないようにしたいものだ。

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