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2013年9月20日 (金)

妻を捨てた男~孟子

最近、数々の女性との浮名を流した、お笑いタレントが、ついに年貢を納めたと報道していた。結婚した相手は、4年前に一度捨てた女性らしい。別れた後も、次々と女性を変えたが、彼女ほどの「器の大きい」人物は現れなかったという。

大体、「器が大きい」というのは、男に対して発せられる言葉(一般に男女間では使わない)だと思うが、彼は、妻になる女性のことを、そのように表現していた。錯覚じゃないかな(笑)。それはそうと、折角選びに選んだ女性なんだから、大事にして欲しいものだ。

さて、このことで、思い出したのが、お笑いタレントは、彼女を妻になる前に一度捨てたのだが、古代の中国の儒教者は妻を捨てている。有名なのが、儒教を始めた孔子が妻を離縁している。

今回は、孔子の孫の子思の弟子、孟子が妻を捨てたことを取り上げよう。ちなみに、彼の師の子思も妻を捨てている。もっと言えば、孔子の子の伯魚も妻を捨てている。そういう家系なのか、学問に一途過ぎるのか。

孟子は、孟母三遷の教えというように、彼は教育ママの下で育ったから、幾分世間知らずだったかもしれない。彼はマザコンで乳離れ出来なかったとも考えられる。実は、孟子が妻を離縁したというのは、『荀子』の一文に「孟子は敗をにくみて妻を出す」というのがあるところから、そのように捉えられている。

これをネタ元として、郭沫若が「孟子 妻を出す」という短い作品を作っている。だから、その内容は創作ということができるが面白いので、少し紹介しておこう。彼によると、孟子の妻は賢夫人で、彼のことを理解し、母親の役割も果たし、儒教の教えにも従う、云わば完璧な女性。彼の言うことには、何一つ逆らわない。そんな女性、居るのかな。

だが、孟子は考えた。彼女に甘えてしまうと、自分が駄目になってしまうと。妻に溺れてしまうことを懸念したのだ。これは、先のお笑いタレントの言葉と同じではないか。ただ、孟子が別れた妻のもとに戻ったかどうかは判らない。

*参考文献

  郭沫若著 平岡武夫訳 『歴史小品』 (岩波文庫)

この作品は、郭沫若の皮肉が込められている。儒教者は偉そうなことを言っているが、実生活では、そんなに立派ではない。むしろ、それを実践しているのは、孟子の妻のような人物であると。

 

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